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| 哲学の教科書 (講談社学術文庫) |
| ────────────────────────────── ◆今日読んだ本 ────────────────────────────── 題名:哲学の教科書 著者:中島義道 出版:講談社学術文庫 定価:1100円+税 購入:ブックオフで600円 ────────────────────────────── ◆今日の本 購入情報 ────────────────────────────── アマゾン http://amazon.co.jp/o/ASIN/4061594818/oyajimushicom-22/ref=nosim/ 楽天ブックス http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1332110%2f ────────────────────────────── ◆本の目次 ────────────────────────────── 第1章 死を忘れるな!(Memento Mori!) 第2章 哲学とは何でないか 第3章 哲学の問いとはいかなるものか 第4章 哲学は何の役にたつか 第5章 哲学者とはどのような種族か 第6章 なぜ西洋哲学を学ぶのか 第7章 なぜ哲学書は難しいのか ────────────────────────────── ▼本の成分解析 ────────────────────────────── 知恵 :■■■■□ 勇気 :■□□□□ 豊かな心:□□□□□ おすすめ:■■■■□ この本は、2001年4月に出版されています。 1995年に出版された単行本の文庫版となります。 著者は、元大学の教授で、専攻はドイツ哲学です。 時間論、自我論、コミュニケーション論を専門としています。 「哲学」とはどのようなものなのでしょうか? 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。 ────────────────────────────── ■この本のどこを読むか ────────────────────────────── 1)哲学は何の役に立つのか? 知りたいことばかりです。 忙しい方のために、結論を先に紹介します。 ────────────────────────────── ■この本をどう読んだか ────────────────────────────── 1)哲学は何の役に立つのか? 「はっきり言って、医学や法学が役に立つという意味で哲学は 何の役にたちません」 「医学とか法学は、木々が切り倒されて船や棺桶になるという 意味で役に立つのですが、哲学は何の道具にもなることができ ないのですから、最後まで『木』として生き続けるほかないわけ です」 「医学者や法学者は、木としてではなく木材としての価値によって 評価されるのに対して、哲学者はいかなる木材にもなりえないの ですから、まさに木であること、すなわち『生きること』そして 木もいずれ死ぬのですから『死ぬこと』そのことにこだわり続ける 他はないということです」 「つまり、哲学は全てのことを徹底的に疑うところから出発します。 普通の人々が前提している善悪の骨格を揺さぶります。したがって、 例えば、『戦争が悪である』のは第一に戦争は人を殺すからですが、 哲学者は『聖戦はあるのか』とか『原爆投下は正しかったか』 といったレベルの議論にではなく『なぜ人を殺すことが悪なのか』 といったレベルの議論に照準を合わせます」 「もちろん哲学者とて、その社会に適応した人間ですから『人を 殺してよい』と思っているわけではなく、殺人犯をえらいとは 思いませんが、ありとあらゆる論調が殺人を当然のごとく非難 する現状を見ますと、そこに思考の停止を認めて揺さぶりをかけ たくなるのです」 「哲学は何の役にもたちません。しかし、それは、確実に見方を 変えてくれる。有用であること、社会の役立つこと以外の価値を 教えてくれる、人のために尽くすこともいいでしょう。老後を 趣味に明け暮れるのもいいでしょう」 「しかし、本当に重要な問題はそこにはない。それは『生きて おりまもなく死ぬ、そしてふたたび生き返ることはない』という この一点をごまかさずに凝視することです」 「そして、このどうすることもできない残酷さを冷や汗の出る ほど実感し、誰も逃れられないこの理不尽な徹底的な不幸を自覚 することです」 ────────────────────────────── ★今日から実行すること ────────────────────────────── 【 哲学書にチャレンジしてみよう 】 ────────────────────────────── ●もっと知りたい方のために ────────────────────────────── ●哲学は何の役に立つのか? ▽医学とか科学とか物理学といった学問は、専門家が分析・実験し それを世間に広める、あるいは商品化し、世の中の役に立つ場合が 多いです。 逆に、地球を破壊する場合も多々ありますが... 普通、学問とは何らかの役に立つものであるという認識を持って いますが、難しい言葉を使い、一般読者をわざと遠ざけている ような気がする哲学は、人間にとって何の役に立つのでしょうか。 著者は言います。 「はっきり言って、医学や法学が役に立つという意味で哲学は 何の役にたちません」 「医学とか法学は、木々が切り倒されて船や棺桶になるという 意味で役に立つのですが、哲学は何の道具にもなることができ ないのですから、最後まで『木』として生き続けるほかないわけ です」 「医学者や法学者は、木としてではなく木材としての価値によって 評価されるのに対して、哲学者はいかなる木材にもなりえないの ですから、まさに木であること、すなわち『生きること』そして 木もいずれ死ぬのですから『死ぬこと』そのことにこだわり続ける 他はないということです」 なぜ何の役にも立たないのに、2000年以上も昔から哲学を する人がいて、有名な哲学者が現れ、名前を残してきたのかと いうと、おそらく人間が持っている根本的な疑問である、「生きる こと」と「死ぬこと」に焦点を当ててきたからだと思われます。 「なぜ生まれてきて、なぜ死んでいくんだろう」といったような 誰にも永遠に分からない問いについて、ただしい答えは見つから ないと知りつつも、延々と分析していくのが哲学という学問の ようです。 ▽したがって、哲学者はこだわるポイントが普通の人とは違って います。 この本で1章分を使って説明されているのが「哲学の問い」で、 哲学が何を問題としているかということが解説されています。 そこに書いてある「哲学のテーマ」は「時間」「因果律」「私」 「他人」「意志」「存在」といったことで、確かにこれまでに あまり深く考えたことはありません。 普通の人とはポイントとするレベルが違うそうです。 著者は言います。 「つまり、哲学は全てのことを徹底的に疑うところから出発します。 普通の人々が前提している善悪の骨格を揺さぶります。したがって、 例えば、『戦争が悪である』のは第一に戦争は人を殺すからですが、 哲学者は『聖戦はあるのか』とか『原爆投下は正しかったか』 といったレベルの議論にではなく『なぜ人を殺すことが悪なのか』 といったレベルの議論に照準を合わせます」 「もちろん哲学者とて、その社会に適応した人間ですから『人を 殺してよい』と思っているわけではなく、殺人犯をえらいとは 思いませんが、ありとあらゆる論調が殺人を当然のごとく非難 する現状を見ますと、そこに思考の停止を認めて揺さぶりをかけ たくなるのです」 哲学とは「思考の停止」を許さない、つまり普遍的な何かを突き 詰めるまで思考を続けることのようです。 なぜ哲学はこのようにとことんまで突き詰めて考えるのでしょうか? これは先程も書いた、人にとっての一番の疑問である「生きる こと」そして「死ぬこと」に行き着くからだと考えられます。 著者は言います。 「哲学は何の役にもたちません。しかし、それは、確実に見方を 変えてくれる。有用であること、社会の役立つこと以外の価値を 教えてくれる、人のために尽くすこともいいでしょう。老後を 趣味に明け暮れるのもいいでしょう」 「しかし、本当に重要な問題はそこにはない。それは『生きて おりまもなく死ぬ、そしてふたたび生き返ることはない』という この一点をごまかさずに凝視することです」 「そして、このどうすることもできない残酷さを冷や汗の出る ほど実感し、誰も逃れられないこの理不尽な徹底的な不幸を自覚 することです」 個人的な意見を言うと、哲学が追い求めている問いの答えは、私 には分からないし、おそらくこの世に存在する人間には正しい 答えは得られないと思います。 「なぜ生まれてきたのか、そしてなぜ死んでいくのか、そして どうやって生きていくべきか」をいくら考えてみたところで、 基本的には生まれてから死ぬまでの期間のことしか記憶がない わけですから、分かりようがないのです。 この世に存在していくら考えてみても正解は得られない。 だとしたら、考えるのはその部分ではないのではないか?と思考 停止してしまうのが普通の人で、そこにとことん疑問を感じる ことができる人が哲学の適性がある人みたいです。 私には哲学の適性はあまりなさそうです。 この本は、これまで読んできた哲学の入門書と違って、過去の 哲学者のことを一切知らなくても十分に読める入門書となって います。 ただ、この本を読んでやっと哲学の入り口がうっすらと見えてきた だけで、本棚にある「ハイデッガー」という人が書いた哲学書を ほんの少しだけ読んでみても何の事やらさっぱり分かりません。 哲学者になりたいとか、哲学研究者になりたいとか、哲学をしたい というわけではなくて、哲学書に何が書いてあるかを知りたい だけです。 いつか普通に読める日がくるのでしょうか? |
| 哲学の教科書 (講談社学術文庫) |
| ────────────────────────────── ◆今日読んだ本 ────────────────────────────── 題名:かもめ・ワーニャ伯父さん 著者:チェーホフ 出版:新潮文庫 定価:362円+税 購入:eブックオフで278円 ────────────────────────────── ◆今日の本 購入情報 ────────────────────────────── アマゾン http://amazon.co.jp/o/ASIN/4102065024/oyajimushicom-22/ref=nosim/ ────────────────────────────── ◆本の目次 ────────────────────────────── かもめ ワーニャ伯父さん ────────────────────────────── ▼本の成分解析 ────────────────────────────── 知恵 :■■■□□ 勇気 :□□□□□ 豊かな心:□□□□□ おすすめ:■■■□□ この本は昭和42年9月に出版されています。 「かもめ」は1896年に書かれていて、「ワーニャ伯父さん」は 1899〜1900年に書かれています。 長く読まれている本です。 著者は、ロシアを代表する劇作家で、優れた小説家でもあるそう です。 紹介文によると、人間観察に優れた短編の他、晩年には劇作に 主力を注ぎ、演劇史に残る戯曲も多いとのこと。 代表作に「桜の園」「3人姉妹」「かもめ」「ワーニャ伯父さん」 「かわいい女」「犬を連れた奥さん」等があります。 どのような物語なのでしょうか? 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。 ────────────────────────────── ■この本のどこを読むか ────────────────────────────── 1)楽しんで読もう。 楽しめるでしょうか? 忙しい方のために、結論を先に紹介します。 ────────────────────────────── ■この本をどう読んだか ────────────────────────────── 1)楽しんで読もう。 ※「もっと知りたい方のために」を参照ください。 ────────────────────────────── ★今日から実行すること ────────────────────────────── 【 特にありません 】 ────────────────────────────── ●もっと知りたい方のために ────────────────────────────── ●「楽しんで読もう。」 ▽ロシアの作家というと、読んだことがあるのはトルストイ、 ドストエフスキーくらいでしょうか。 今回紹介する本は、厚みとしては薄くページ数も200ページ弱 の本ですが読むのにかなり時間がかかっています。 特徴としては、ゲーテのファウストと同じように、「かもめ」も 「ワーニャ伯父さん」も劇として書かれていて、それぞれのセリフ の上に誰が話したのか名前が書かれています。 また別の特徴としては「くどい」です。 トルストイもなかなかくどいですが、ドストエフスキーの罪と罰 を読んだ時は、そのくどさのために読むのにかなり時間がかかり ました。 ロシア人の会話とはこんなにくどいものなのでしょうか。 「くどい」というのは、セリフの言い回しがまわりくどいという 意味です。 原文がそうなっているのか、翻訳の問題なのか良く分かりませんが 日本では絶対ないような話し方がされています。 例えば、「かもめ」のセリフから抜粋してみます。 「私の歩いた字面に接吻したなんて、なぜあんなことをおっしゃ るの?わたしなんか、殺されても文句はないのに。すっかり、 へとへとだわ!一息つきたいわ、一息!わたしは−かもめ。いいえ、 そうじゃない。わたしは−女優。そ、そうよ!」 独り言でもこのような話し方はしないし、普通の会話でも上記の ような話し方はしません。 ドストエフスキーの罪と罰に出てくる登場人物たちの話も一つ 一つがかなり長いし、独特の言い回しをします。 慣れが必要です。 ▽この本は、中島義道さんの本で「ただしくグレるための本」として 「ワーニャ伯父さん」が紹介されていました。 話が二つ収録されてますが、今回はワーニャ伯父さんのあらすじ を簡単に紹介したいと思います。 登場人物は全部で9名。 セレブリャコーフ(アレクサンドル・ヴラジーミロヴィチ)…退職の大学教授 エレーナ(アンドレーヴナ)…その妻、27歳 ソーニャ(ソフィア・アレクサンドロヴナ)…先妻の娘 ヴォイニーツカヤ夫人(マリヤ・ワシーリエヴナ)…三等官の未亡人、先妻の母 ワーニャ伯父さん(イワン・ペトローヴィチ・ヴォイニーツキイ)…その息子 アーストロフ(ミハイル・リヴォーヴィチ)…医師 テレーギン(イリヤ・イリイーチ)…落ちぶれた地主 マリーナ…年寄りの乳母 下男 舌を噛みそうな名前ばかりで、しかも、同一人物の名前が必ず 二つあります。 その同一人物の二つの名前に何のつながりも見られないので、 話の中で、どちらの名前も出てくる場合、訳が分からなくなって しまいます。 この「ワーニャ伯父さん」はそんなでもありませんが、罪と罰の 中では、それが頻繁に使われていて、同一人物の名前が3種類 くらい使われている場合もあります。 「ワーニャ伯父さん」は100ページにも満たない本ですが、 最後まで登場人物の名前が書いたページを見ながらじゃないと 誰が誰だか分かりませんでした。 ▽物語の舞台背景は、たぶん19世紀頃のロシアの貧しい田舎での 話です。 多少人間関係が複雑です。 セレブリャコーフの亡くなった先妻の娘がソーニャ。 先妻の母親がヴォイニーツカヤ夫人。 ワーニャ伯父さんは、ヴォイニーツカヤ夫人の息子。 セレブリャーコフとワーニャ伯父さんは、形式的には義理の兄弟 になります。 セレブリャーコフは務めていた大学を退職し、田舎の領地へ戻って きました。 この領地は、セレブリャーコフの先妻の母、ヴォイニーツカヤ夫人 の名義だったのを、先妻に名義を譲り、現在はソーニャが後を 継いでいます。 つまり田舎の領地はセレブリャーコフのものではなく、ヴォイ ニーツカヤ夫人系列の家系の人間のものでした。 退職して田舎へ戻ってきたセレブリャーコフは、リューマチとか 痛風とかの病気のこともあって、そうとうなわがままジジイです。 ロシア経済の発展とともに、ロシアの農村では地主が没落し、 ワーニャとソーニャは自分の家の領地を守るために田舎に残り、 生活を切りつめ必死で働き、貧しい中でも何とか生活していました。 ワーニャは、その貧しい家系の中から、自分の姉の夫に当たる セレブリャーコフを誇りに思い、仕送りをしていました。 ところが、先妻の自分の姉は亡くなり、その後妻に27歳の若くて 美しい女性をもらい、しかも、退職して田舎に帰ってくると、 わがままのし放題。 ひっそりと暮らしていた田舎での生活リズムをひっかきまわして しまいます。 ただ、ワーニャは後妻のエレーナの美しさに惹かれ、我慢して いました。 ▽話をかなり飛ばしますが、ある日セレブリャーコフは田舎の生活に 嫌気がさして、この領地を売ってその利子で生活することを皆を 集めて提案します。 それに激怒したのがワーニャ伯父さんでした。 この土地はソーニャの名義であってセレブリャーコフのものでは ないのです。 しかも、ワーニャとソーニャは貧しい中、身を粉にして必死に 働いてこの領地を守ってきました。 しかも、そのなかからセレブリャーコフに仕送りしていたのです。 そりゃワーニャ伯父さんじゃなくても怒ります。 怒ったワーニャは銃を持ち出してセレブリャーコフを追い回します。 結果的にセレブリャーコフとエレーナは田舎を出て行くことに なります。 元の普通の生活に戻ることができたわけですが、元の生活が楽し かったわけではありません。 貧しくて、しかも相当働かなくては生きていけないのです。 その気持ちは次のセリフのなかに凝縮されています。 「どうにかしてくれ!ああ、やりきれん。僕はもう四十七だ。 仮に、六十まで生きるとすると、まだあと十三年ある。長いなあ! その十三年を、僕はどう生きていけばいいんだ。どんなことを して、その日その日をうずめていったらいいんだ」 「わかるかい、せめてこの余生を、何か今までと違ったやり口で、 送れたらなあ。きれいに晴れわたった、しんとした朝、目がさめて、 さあこれから新規蒔直しだ、過ぎたことはいっさい忘れた、煙 みたいに消えてしまった、と思うことができたらなあ」 どうしようもない自分のこれまでの境遇と、明るくない未来に 悲観的になっています。 妹のソーニャは「それでも生きて行かなくちゃ...」と仕事を 再開します。 そして、これまでと同じ生活が続くことになります。 前途は暗いです。 この本は、ロシアの劇作家が書いた有名な作品で、ロシアの貧しい 田舎での物語です。 もう一つの話「かもめ」もそうですが、著者が生きていた当時の ロシア文学は暗いです。 テーマは「貧」。 読んで希望が湧いてくる作品ではありません。 |
| かもめ・ワーニャ伯父さん (新潮文庫) |
| ────────────────────────────── ◆今日読んだ本 ────────────────────────────── 題名:かもめ・ワーニャ伯父さん 著者:チェーホフ 出版:新潮文庫 定価:362円+税 購入:eブックオフで278円 ────────────────────────────── ◆今日の本 購入情報 ────────────────────────────── アマゾン http://amazon.co.jp/o/ASIN/4102065024/oyajimushicom-22/ref=nosim/ ────────────────────────────── ◆本の目次 ────────────────────────────── かもめ ワーニャ伯父さん ────────────────────────────── ▼本の成分解析 ────────────────────────────── 知恵 :■■■□□ 勇気 :□□□□□ 豊かな心:□□□□□ おすすめ:■■■□□ この本は昭和42年9月に出版されています。 「かもめ」は1896年に書かれていて、「ワーニャ伯父さん」は 1899〜1900年に書かれています。 長く読まれている本です。 著者は、ロシアを代表する劇作家で、優れた小説家でもあるそう です。 紹介文によると、人間観察に優れた短編の他、晩年には劇作に 主力を注ぎ、演劇史に残る戯曲も多いとのこと。 代表作に「桜の園」「3人姉妹」「かもめ」「ワーニャ伯父さん」 「かわいい女」「犬を連れた奥さん」等があります。 どのような物語なのでしょうか? 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。 ────────────────────────────── ■この本のどこを読むか ────────────────────────────── 1)楽しんで読もう。 楽しめるでしょうか? 忙しい方のために、結論を先に紹介します。 ────────────────────────────── ■この本をどう読んだか ────────────────────────────── 1)楽しんで読もう。 ※「もっと知りたい方のために」を参照ください。 ────────────────────────────── ★今日から実行すること ────────────────────────────── 【 特にありません 】 ────────────────────────────── ●もっと知りたい方のために ────────────────────────────── ●「楽しんで読もう。」 ▽ロシアの作家というと、読んだことがあるのはトルストイ、 ドストエフスキーくらいでしょうか。 今回紹介する本は、厚みとしては薄くページ数も200ページ弱 の本ですが読むのにかなり時間がかかっています。 特徴としては、ゲーテのファウストと同じように、「かもめ」も 「ワーニャ伯父さん」も劇として書かれていて、それぞれのセリフ の上に誰が話したのか名前が書かれています。 また別の特徴としては「くどい」です。 トルストイもなかなかくどいですが、ドストエフスキーの罪と罰 を読んだ時は、そのくどさのために読むのにかなり時間がかかり ました。 ロシア人の会話とはこんなにくどいものなのでしょうか。 「くどい」というのは、セリフの言い回しがまわりくどいという 意味です。 原文がそうなっているのか、翻訳の問題なのか良く分かりませんが 日本では絶対ないような話し方がされています。 例えば、「かもめ」のセリフから抜粋してみます。 「私の歩いた字面に接吻したなんて、なぜあんなことをおっしゃ るの?わたしなんか、殺されても文句はないのに。すっかり、 へとへとだわ!一息つきたいわ、一息!わたしは−かもめ。いいえ、 そうじゃない。わたしは−女優。そ、そうよ!」 独り言でもこのような話し方はしないし、普通の会話でも上記の ような話し方はしません。 ドストエフスキーの罪と罰に出てくる登場人物たちの話も一つ 一つがかなり長いし、独特の言い回しをします。 慣れが必要です。 ▽この本は、中島義道さんの本で「ただしくグレるための本」として 「ワーニャ伯父さん」が紹介されていました。 話が二つ収録されてますが、今回はワーニャ伯父さんのあらすじ を簡単に紹介したいと思います。 登場人物は全部で9名。 セレブリャコーフ(アレクサンドル・ヴラジーミロヴィチ)…退職の大学教授 エレーナ(アンドレーヴナ)…その妻、27歳 ソーニャ(ソフィア・アレクサンドロヴナ)…先妻の娘 ヴォイニーツカヤ夫人(マリヤ・ワシーリエヴナ)…三等官の未亡人、先妻の母 ワーニャ伯父さん(イワン・ペトローヴィチ・ヴォイニーツキイ)…その息子 アーストロフ(ミハイル・リヴォーヴィチ)…医師 テレーギン(イリヤ・イリイーチ)…落ちぶれた地主 マリーナ…年寄りの乳母 下男 舌を噛みそうな名前ばかりで、しかも、同一人物の名前が必ず 二つあります。 その同一人物の二つの名前に何のつながりも見られないので、 話の中で、どちらの名前も出てくる場合、訳が分からなくなって しまいます。 この「ワーニャ伯父さん」はそんなでもありませんが、罪と罰の 中では、それが頻繁に使われていて、同一人物の名前が3種類 くらい使われている場合もあります。 「ワーニャ伯父さん」は100ページにも満たない本ですが、 最後まで登場人物の名前が書いたページを見ながらじゃないと 誰が誰だか分かりませんでした。 ▽物語の舞台背景は、たぶん19世紀頃のロシアの貧しい田舎での 話です。 多少人間関係が複雑です。 セレブリャコーフの亡くなった先妻の娘がソーニャ。 先妻の母親がヴォイニーツカヤ夫人。 ワーニャ伯父さんは、ヴォイニーツカヤ夫人の息子。 セレブリャーコフとワーニャ伯父さんは、形式的には義理の兄弟 になります。 セレブリャーコフは務めていた大学を退職し、田舎の領地へ戻って きました。 この領地は、セレブリャーコフの先妻の母、ヴォイニーツカヤ夫人 の名義だったのを、先妻に名義を譲り、現在はソーニャが後を 継いでいます。 つまり田舎の領地はセレブリャーコフのものではなく、ヴォイ ニーツカヤ夫人系列の家系の人間のものでした。 退職して田舎へ戻ってきたセレブリャーコフは、リューマチとか 痛風とかの病気のこともあって、そうとうなわがままジジイです。 ロシア経済の発展とともに、ロシアの農村では地主が没落し、 ワーニャとソーニャは自分の家の領地を守るために田舎に残り、 生活を切りつめ必死で働き、貧しい中でも何とか生活していました。 ワーニャは、その貧しい家系の中から、自分の姉の夫に当たる セレブリャーコフを誇りに思い、仕送りをしていました。 ところが、先妻の自分の姉は亡くなり、その後妻に27歳の若くて 美しい女性をもらい、しかも、退職して田舎に帰ってくると、 わがままのし放題。 ひっそりと暮らしていた田舎での生活リズムをひっかきまわして しまいます。 ただ、ワーニャは後妻のエレーナの美しさに惹かれ、我慢して いました。 ▽話をかなり飛ばしますが、ある日セレブリャーコフは田舎の生活に 嫌気がさして、この領地を売ってその利子で生活することを皆を 集めて提案します。 それに激怒したのがワーニャ伯父さんでした。 この土地はソーニャの名義であってセレブリャーコフのものでは ないのです。 しかも、ワーニャとソーニャは貧しい中、身を粉にして必死に 働いてこの領地を守ってきました。 しかも、そのなかからセレブリャーコフに仕送りしていたのです。 そりゃワーニャ伯父さんじゃなくても怒ります。 怒ったワーニャは銃を持ち出してセレブリャーコフを追い回します。 結果的にセレブリャーコフとエレーナは田舎を出て行くことに なります。 元の普通の生活に戻ることができたわけですが、元の生活が楽し かったわけではありません。 貧しくて、しかも相当働かなくては生きていけないのです。 その気持ちは次のセリフのなかに凝縮されています。 「どうにかしてくれ!ああ、やりきれん。僕はもう四十七だ。 仮に、六十まで生きるとすると、まだあと十三年ある。長いなあ! その十三年を、僕はどう生きていけばいいんだ。どんなことを して、その日その日をうずめていったらいいんだ」 「わかるかい、せめてこの余生を、何か今までと違ったやり口で、 送れたらなあ。きれいに晴れわたった、しんとした朝、目がさめて、 さあこれから新規蒔直しだ、過ぎたことはいっさい忘れた、煙 みたいに消えてしまった、と思うことができたらなあ」 どうしようもない自分のこれまでの境遇と、明るくない未来に 悲観的になっています。 妹のソーニャは「それでも生きて行かなくちゃ...」と仕事を 再開します。 そして、これまでと同じ生活が続くことになります。 前途は暗いです。 この本は、ロシアの劇作家が書いた有名な作品で、ロシアの貧しい 田舎での物語です。 もう一つの話「かもめ」もそうですが、著者が生きていた当時の ロシア文学は暗いです。 テーマは「貧」。 読んで希望が湧いてくる作品ではありません。 |
| 人生論 (角川文庫) |
| ────────────────────────────── ◆今日読んだ本 ────────────────────────────── 題名:人生論 著者:トルストイ 出版:角川文庫 定価:400円+税 購入:ブックオフで105円 ────────────────────────────── ◆今日の本 購入情報 ────────────────────────────── アマゾン http://amazon.co.jp/o/ASIN/4042089267/oyajimushicom-22/ref=nosim/ 楽天ブックス http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1676034%2f ────────────────────────────── ◆本の目次 ────────────────────────────── 一 人間生活の根本矛盾 二 人生の矛盾は大昔から人類によって意識されている。人類の 教師たちは人生の定義を人々にしめして、この内面の矛盾を 解決したのに、パリサイの徒と学者はそれを人々の目から かくしている 三 学者のあやまち 四 学者たちは、人間の生命という観念を人間の動物的生存という 目に見える現象ととりちがえていて、人生の目的についても、 そうしたまちがった観点から、結論をくだしている 五 パリサイの徒と学者たちのにせの教えは、真の生活の意味も、 生活の指針も、しめしてくれはしない。こうして、いま、 人々の生活の指針となっているのは、唯一つ、理性的な意味 などなにもない生活のただの惰性だけである 他、多数あるので省略します。 ────────────────────────────── ▼本の成分解析 ────────────────────────────── 知恵 :■■■■□ 勇気 :■■■□□ 豊かな心:■■■■□ おすすめ:■■■■□ この本は、昭和33年12月に出版されています。 最初は1888年に発表されています。 著者は19世紀を代表するロシアの作家で、1828年に生まれ、 1910年に亡くなっています。 著書も多数あります。 何を語っているのでしょうか? 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。 ────────────────────────────── ■この本のどこを読むか ────────────────────────────── 1)生命とは? 考えれば考えるほど不思議です。 忙しい方のために、結論を先に紹介します。 ────────────────────────────── ■この本をどう読んだか ────────────────────────────── 1)生命とは? 「人は、自分がふっと生まれてきたようなものではなくて、これ までいつも存在してきたし、いまも、また、これからさきも存在し 続けるということを認めるとき、はじめて、自分が死ぬものでは ないということを知るのである」 「つまり、自分の生命が波のようなものではなくて、ただこの 人生で波のような形をとってあらわれるだけの永遠の運動だと 理解するとき、はじめて、自分の不死が信じられるのである」 「我々には、人が死ななくても良いときに死ぬように思えてなら ないのだが、そんなばかなことがあるはずはない」 「人は、自分の幸福のため、どうしても死が必要となる場合に、 初めて死ぬのだ。ちょうど、それは人間が成長して、大人になる のと、おなじような理屈なのである」 「人が死んでいくのは、この世では真の生活の幸福を、もうこれ 以上、増やしてくことができなくなってしまったからなのであって、 肺が悪かったとか、癌ができたとか、ピストルで撃たれたとか、 爆弾を投げつけられたとかいったようなことが原因となっている のでは、さらさらない」 ────────────────────────────── ★今日から実行すること ────────────────────────────── 【 人生楽しく生きよう 】 ────────────────────────────── ●もっと知りたい方のために ────────────────────────────── ●「生命とは?」 ▽人間はこの世に生まれると、何だか良く分からないけれど、何ら かの活動を始めます。 自動的に心臓の筋肉を動かし全身に血液を送り、口と鼻から空気を 吸って肺へ運び、肺で酸素を吸収し血液に酸素を取り入れ、これを 全身へ送ります。 この他にも内臓や手足は自由に動かす事ができるし、脳では記憶 したり計算したり想像したりさまざまなことをやってのけます。 そして圧巻なのはDNA。 1000ページの本1000冊程の情報量を、一つのDNAが 保持して、人の身体を形作っています。 人間の細胞は常に入れ替わっていて、6ヶ月くらいすると全く 新しい細胞になっているにもかかわらず、容姿やほくろの位置等 は見た目はそんなに変わらずに存在します。 ところが、これらの肉体的な活動は、死んでしまうと全てが停止し やがて骨格だけになってしまいます。 「生きている」という状態と「死んでいる」という状態は何が 違うのでしょうか? その状態は、ある一瞬で入れ替わります。 まるで魂が抜けてしまったように... 考えれば考えるほど不思議です。 ▽太古の昔から「死」は恐ろしいもの、死んでしまうと全てが「無」 になってしまう等の考え方があったため、人は死についてひたすら 考えてきました。 そして、権力を握ると「不老不死」を求めてさまざまな研究を 始めるようになります。 人間にとって「死」とはそれほど恐ろしいことなのです。 「死んでしまうと全てが無になってしまう...」 これは事実なのでしょうか? 確かに物質的には全てが無くなってしまいます。 そして、その人が生きていたときに持っていた「記憶」もなく なってしまうし、その人が自分の家族や親友だと定義していた 「意識」もなくなってしまいます。 著者は、肉体は滅んでも何かが永遠に残っていくと主張しています。 「人は、自分がふっと生まれてきたようなものではなくて、これ までいつも存在してきたし、いまも、また、これからさきも存在し 続けるということを認めるとき、はじめて、自分が死ぬものでは ないということを知るのである」 「つまり、自分の生命が波のようなものではなくて、ただこの 人生で波のような形をとってあらわれるだけの永遠の運動だと 理解するとき、はじめて、自分の不死が信じられるのである」 つまり「生命」という決してなくなることがない何かがあって、 その生命の何らかの運動によって人間という形が作られるのだと 主張しているのです。 ただそれだけのことで、死によって全てが「無」になってしまう のではなく、生命は永遠に続いていきます。 著者はつまり「輪廻転生」のことを言っているのだと思われます。 ▽人は何らかの目的があって、「生命」という形式に肉体と意識を まとってこの世に生まれてきます。 その目的は実際のところ良く分かりません。 おそらく修行するために、わざわざ不自由な肉体をまとってこの 世に物質として出現するのです。 この辺のことは、スピリチュアル系の本を読めばよく理解できます。 では「寿命」とは何なのでしょうか? 肉体はなぜ人それぞれによってこの世に存在する期間が違って いるのでしょうか? 70年なら70年と決めてしまえば、それなりに人生計画を立てら れるような気がしますが、いつ何時この世から肉体がなくなって しまうのか実際は誰にも分かりません。 しかも、出会い頭の事故等によって、突然死んでしまうことも あります。 どうして人それぞれこの世に肉体をまとっている期間が違って いるのでしょうか? そのことについて著者は次のように書いています。 「我々には、人が死ななくても良いときに死ぬように思えてなら ないのだが、そんなばかなことがあるはずはない」 「人は、自分の幸福のため、どうしても死が必要となる場合に、 初めて死ぬのだ。ちょうど、それは人間が成長して、大人になる のと、おなじような理屈なのである」 「人が死んでいくのは、この世では真の生活の幸福を、もうこれ 以上、増やしてくことができなくなってしまったからなのであって、 肺が悪かったとか、癌ができたとか、ピストルで撃たれたとか、 爆弾を投げつけられたとかいったようなことが原因となっている のでは、さらさらない」 人は必要だから死ぬのです。 この本は、著者の愚痴から始まり、生命に対する自分自身の答えを 見つけるために、延々と書いたのではないかと思われます。 昔から誰もが恐れている「死」は、「死んでみなければわからない」 ということもあって、人間の最大の恐怖の一つになっていました。 きっと、著者もそのことについて相当考えたのだと思います。 そして得た答えは、キリスト教の教えに根ざした「愛」でした。 今なら飯田史彦さんをはじめたくさんの人の著書を紹介してあげる のに... |
| 人生論 (角川文庫) |
| ────────────────────────────── ◆今日読んだ本 ────────────────────────────── 題名:人生論 著者:トルストイ 出版:角川文庫 定価:400円+税 購入:ブックオフで105円 ────────────────────────────── ◆今日の本 購入情報 ────────────────────────────── アマゾン http://amazon.co.jp/o/ASIN/4042089267/oyajimushicom-22/ref=nosim/ 楽天ブックス http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1676034%2f ────────────────────────────── ◆本の目次 ────────────────────────────── 一 人間生活の根本矛盾 二 人生の矛盾は大昔から人類によって意識されている。人類の 教師たちは人生の定義を人々にしめして、この内面の矛盾を 解決したのに、パリサイの徒と学者はそれを人々の目から かくしている 三 学者のあやまち 四 学者たちは、人間の生命という観念を人間の動物的生存という 目に見える現象ととりちがえていて、人生の目的についても、 そうしたまちがった観点から、結論をくだしている 五 パリサイの徒と学者たちのにせの教えは、真の生活の意味も、 生活の指針も、しめしてくれはしない。こうして、いま、 人々の生活の指針となっているのは、唯一つ、理性的な意味 などなにもない生活のただの惰性だけである 他、多数あるので省略します。 ────────────────────────────── ▼本の成分解析 ────────────────────────────── 知恵 :■■■■□ 勇気 :■■■□□ 豊かな心:■■■■□ おすすめ:■■■■□ この本は、昭和33年12月に出版されています。 最初は1888年に発表されています。 著者は19世紀を代表するロシアの作家で、1828年に生まれ、 1910年に亡くなっています。 著書も多数あります。 何を語っているのでしょうか? 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。 ────────────────────────────── ■この本のどこを読むか ────────────────────────────── 1)人生の幸福とは? 「愛」が必要です。 忙しい方のために、結論を先に紹介します。 ────────────────────────────── ■この本をどう読んだか ────────────────────────────── 1)人生の幸福とは? 「まったく、理性の意識が、心のうちで、疑いようもないくらい きっぱりと断言しているとおり、自分という個人の立場にたって 世界を見ようとする限り、人間には、ひとりひとりの人間には、 幸福になることなど絶対に望めないのである」 「つまり、人間の生活は自分が、この自分が幸福になりたいという 願いにほかならないのに、人間はそんな幸福など不可能だと認めぬ わけにはいかないのだ」 「ところが、おかしなことに、そんな幸福など不可能だとはっきり 認めているにもかかわらず、それでも、やっぱり、人はこの不可能 な幸福−自分一人の幸福を手に入れたいという一心で生きている のである」 「『幸福になりたいというこの願いが、結局、俺の人生だ』と 人は考える」 「『俺は幸福になりたい。俺が本当に幸福になるには、他人が、 みんな、自分自身よりこの俺を愛しさえすればいいのだ。ところが、 みんなはただ自分自身だけを愛しているのだから、俺が他人に この俺を愛させようとしてやっていることなど、何もかも、 徒骨(むだぼね)折りでしかない。徒骨折りだが、俺には、それ 以外、どうすることもできない』」 「『おまえは全ての人がおまえのために生きるのを望んでいる だろう?全ての人が自分自身よりももっともっとお前を愛すのを 望んでいるだろう?』理性の意識は、今度こそ、はっきりと力強く 人に語りかけるに違いない」 「『おまえのこの望みが叶えられるような状態は、ただ一つしか ないのだ。それは、全ての人が他人の幸福のために生き、自分 自身よりもいっそう他人を愛するような状態である。そのとき、 はじめて、全てのものが全てのものによって愛されるようになる だろう。もちろん、おまえも、そのひとりとして、望んでいた とおりの幸福を手に入れることになるだろう。こうして、全ての 人が自分より他人を愛するようになるとき、はじめて、お前が 幸福になれるとすれば、おまえも、人間のひとりとして、当然、 自分よりも他人をいっそう愛さねばならぬはずではないか』」 「理性の意識の示すとおり、この条件が整って、はじめて、人間の 幸福、人間の生活は可能となるのである。この条件が整って はじめて、人間の生活を毒するようなものはなくなるのである。 生存競争も、なやましい苦痛も、死の恐怖もなくなるのである」 ────────────────────────────── ★今日から実行すること ────────────────────────────── 【 自分の周りの人を愛するように心掛けよう 】 ────────────────────────────── ●もっと知りたい方のために ────────────────────────────── ●「人生の幸福」とは? ▽今回紹介する本は、ブックオフでブラブラしていた時に目に入って きた本で、そういう「目に入ってきた本」は買うことにしています。 著書は、読んだことはありませんが「戦争と平和」が有名です。 ウィキペディアで調べてみると、その他にも「アンナ・カレーニア」 「人生読本」が有名らしいです。 「過去も未来も存在せず、あるのは現在と言う瞬間だけだ」 という言葉を残したそうです。 ▽この本の前半は、私にはかなり難解な内容でした。 何度も投げ出そうかと思いましたが、何とか最後まで読み切り ました。 かなり時間が掛かってます。 何について書かれているかというと、「人間が幸福になるためには どうすればいいか?」ということが延々と書かれています。 きっと、キリスト教の知識があるともっと分かりやすく読めたの かもしれないです。 後半は、かなり読みやすくなってきます。 ▽人々は、誰でも人生の幸福を願っています。 不幸になりたくて生きているわけではありません。 ところが、よくよく周りを見渡してみると、幸福な状態よりも 不幸(に見える)な状態の人の方が多いです。 著者は言います。 「まったく、理性の意識が、心のうちで、疑いようもないくらい きっぱりと断言しているとおり、自分という個人の立場にたって 世界を見ようとする限り、人間には、ひとりひとりの人間には、 幸福になることなど絶対に望めないのである」 「つまり、人間の生活は自分が、この自分が幸福になりたいという 願いにほかならないのに、人間はそんな幸福など不可能だと認めぬ わけにはいかないのだ」 「ところが、おかしなことに、そんな幸福など不可能だとはっきり 認めているにもかかわらず、それでも、やっぱり、人はこの不可能 な幸福−自分一人の幸福を手に入れたいという一心で生きている のである」 人間は「個人の人生の幸福」を一所懸命追い求めているのに、 絶対に手に入らないと言っているのです。 その絶対に手に入らない幸福を追い求めて生きているのが人間だと 言うのです。 「個人の人生の幸福」を求めても何の問題もなさそうな気がしますが、 ここで言っている「個人の人生の幸福」とは、独りよがりの幸福の ことです。 著者は言います。 「『幸福になりたいというこの願いが、結局、俺の人生だ』と 人は考える」 「『俺は幸福になりたい。俺が本当に幸福になるには、他人が、 みんな、自分自身よりこの俺を愛しさえすればいいのだ。ところが、 みんなはただ自分自身だけを愛しているのだから、俺が他人に この俺を愛させようとしてやっていることなど、何もかも、 徒骨(むだぼね)折りでしかない。徒骨折りだが、俺には、それ 以外、どうすることもできない』」 他人が自分のことを愛しさえすれば、自分は幸せな人生を送ることが できるのに、他人は自分のことを愛してなんてくれない、幸福に なりたいのに幸福になれない、でもどうすることもできない、 人はそうように考えていると言っているのです。 人は、何世紀にもわたって人生の幸福を追い求めてきました。 人間がこの世に生まれてくる目的も「幸福になること」だと言って もおかしくはないです。 だからどうしても、自分自身の幸福を願ってしまいます。 これは、人間の本性から言っても当たり前なのかもしれません。 ところが、この謎はかなり昔に解決されていたのです。 ブッダが言った事であり、イエスが言ったことであり、その他にも 沢山の人たちが説いていたことでもあるのです。 著者は言います。 「『おまえは全ての人がおまえのために生きるのを望んでいる だろう?全ての人が自分自身よりももっともっとお前を愛すのを 望んでいるだろう?』理性の意識は、今度こそ、はっきりと力強く 人に語りかけるに違いない」 「『おまえのこの望みが叶えられるような状態は、ただ一つしか ないのだ。それは、全ての人が他人の幸福のために生き、自分 自身よりもいっそう他人を愛するような状態である。そのとき、 はじめて、全てのものが全てのものによって愛されるようになる だろう。もちろん、おまえも、そのひとりとして、望んでいた とおりの幸福を手に入れることになるだろう。こうして、全ての 人が自分より他人を愛するようになるとき、はじめて、お前が 幸福になれるとすれば、おまえも、人間のひとりとして、当然、 自分よりも他人をいっそう愛さねばならぬはずではないか』」 「理性の意識の示すとおり、この条件が整って、はじめて、人間の 幸福、人間の生活は可能となるのである。この条件が整って はじめて、人間の生活を毒するようなものはなくなるのである。 生存競争も、なやましい苦痛も、死の恐怖もなくなるのである」 自分自身を愛するよりも、自分以外の人を愛することができれば 自分が望んでいる幸福を手に入れることができる、と著者は主張 しています。 確かに、理屈上はそうなりますが、そう上手くいかないから人間は 争ってしまいます。 愚かです。 この本には、「人生の幸福」を手に入れるために必要な考え方が 書いてあります。 今回紹介した部分は、キリスト教でいう「隣人愛」を解説した ものです。 人間は2000年以上も昔から、答えが分かっていたにもかか わらず、それを納得できないでいるみたいです。 逆に言うと、だから様々な感情を体験することができる、という ことも言えるのではないかと思います。 人の心は上手いことできています。 次回もう一度紹介させていただきます。 |
| 溺レる (文春文庫) |
| ────────────────────────────── ◆今日読んだ本 ────────────────────────────── 題名:溺レる 著者:川上弘美 出版:文春文庫 定価:400円+税 購入:ブックオフで105円 ────────────────────────────── ◆今日の本 購入情報 ────────────────────────────── アマゾン http://amazon.co.jp/o/ASIN/4167631024/oyajimushicom-22/ref=nosim/ 楽天ブックス http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1502702%2f ────────────────────────────── ◆本の目次 ────────────────────────────── さやさや 溺レる 亀が鳴く 可哀相 七面鳥が 百年 神虫 無明 ────────────────────────────── ▼本の成分解析 ────────────────────────────── 知恵 :■■□□□ 勇気 :□□□□□ 豊かな心:□□□□□ おすすめ:■■□□□ この本は、2002年9月に出版されています。 1999年に出版された単行本の文庫版です。 著者は、小説家で様々な賞を受賞しています。 著書も多数あります。 何に溺レてしまうのでしょう? 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。 ────────────────────────────── ■この本のどこを読むか ────────────────────────────── 1)楽しんで読もう。 久々の短編。たくさん楽しみましょう。 忙しい方のために、結論を先に紹介します。 ────────────────────────────── ■この本をどう読んだか ────────────────────────────── 1)楽しんで読もう。 ※「もっと知りたい方のために」を参照してください。 ────────────────────────────── ★今日から実行すること ────────────────────────────── 【 特にありません 】 ────────────────────────────── ●もっと知りたい方のために ────────────────────────────── ●「楽しんで読もう」。 ▽普段、短編小説というのをあまり読みません。 なんとなく「浅い」感じがして、読み応えがないイメージがあり ます。 今回紹介する本は、中島義道さんの「どうせ死んでしまう・・・」 で「上手にグレるための本」として紹介されていました。 著者は、昭和33年生まれの女性で、芥川賞受賞作家です。 その他にも、「紫式部文学賞」「伊藤整文学賞」「女流文学賞」 「芸術選奨文部科学大臣賞」「谷崎潤一郎賞」等、沢山の賞を 受賞されています。 申し訳ないけれど、全く知りませんでした。 また、谷崎潤一郎賞を受賞した「センセイの鞄」はベストセラーと なったそうです。 そう言えばどこかで聞いたことがあるような気がします。 ▽今回紹介する「溺レる」で「伊藤整文学賞」を受賞されています。 伊藤整文学賞とはウィキペディアには次のように書いてありました。 「伊藤整文学賞(いとうせいぶんがくしょう)は、地元・小樽市 出身の文学者伊藤整を記念して1990年に小樽市が創設した文学賞 である。小説と評論の2部門がある」 これも全然知りませんでした。 選考基準は全くわかりません。 ▽200ページ弱の中に八つのストーリーが描かれています。 この本の中で著者が描くのは、大人の男女のストーリーです。 特徴としては、主人公の男女は名前がカタカナで書かれています。 そのせいもあってか、全ての物語に登場する男女は似たような 性格をしているように感じてしまいます。 大人の男女の物語と言っても、「ラブストーリー」と呼べるような ものではなく、もっとドロドロした「アイヨクにオボレる」という 言葉で表現されるような物語です。 男女の恋愛に清らかな夢を見ている青少年は読まない方がいいと 思われる小説ばかりです。 ▽「さやさや」は蝦蛄(しゃこ)を食べにいって酔っぱらった男女が 暗い夜道を歩きながら、女性が子供の頃にいた叔父のことを思い 出しつつ、最後に草むらで「さやさや」と放尿する話です。 本の題名になっている「溺レる」は、何か分からないけど理不尽な 何かから逃げている男女が、少し働いてはまたどこかへと各地を 転々としながら、アイヨクにオボレていく話が描かれています。 「亀が鳴く」は、物事を全うすることができずに上手く生きて いけない女性と、何事にもキチッとしている男性が同棲をはじめ、 結局は男性に捨てられてしまう女性の話です。 最後、男性が引っ越すときに飼っていた亀も持っていこうとします が、「亀は自分が飼う」と初めてはっきりと自己主張したところで 終わります。 この他の物語も男女の話ばかりですが、決して切なくなるような 恋の話はなく、どちらかというとやはりドロドロした話ばかりです。 興味がある方は読んでみて下さい。 短編小説で、しかも男女の物語は、私には合わないです。 合わないと分かりつつも、この日持っていった本がこれしかなくて しっかり最後まで読んでしまいました。 もしかしたら似たような境遇にある人には共感できる話かもしれ ないです。 |
| 門 (新潮文庫) |
| ────────────────────────────── ◆今日読んだ本 ────────────────────────────── 題名:門 著者:夏目漱石 出版:新潮文庫 定価:324円+税 購入:ブックオフで105円 ────────────────────────────── ◆今日の本 購入情報 ────────────────────────────── アマゾン http://amazon.co.jp/o/ASIN/4101010064/oyajimushicom-22/ref=nosim/ 楽天ブックス http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1563165%2f ────────────────────────────── ◆本の目次 ────────────────────────────── ※目次はありません。 ────────────────────────────── ▼本の成分解析 ────────────────────────────── 知恵 :■■■□□ 勇気 :□□□□□ 豊かな心:□□□□□ おすすめ:■■■□□ この本は、昭和23年11月に出版されています。 著者は、言わずと知れた日本の文豪です。 著書も多数あります。 どのような物語なのでしょうか。 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。 ────────────────────────────── ■この本のどこを読むか ────────────────────────────── 1)楽しんで読もう。 小説は楽しむに限ります。 忙しい方のために、結論を先に紹介します。 ────────────────────────────── ■この本をどう読んだか ────────────────────────────── 1)楽しんで読もう。 ※「もっと知りたい方のために」を参照ください。 ────────────────────────────── ★今日から実行すること ────────────────────────────── 【 文豪の本をもっと沢山読んでみよう 】 ────────────────────────────── ●もっと知りたい方のために ────────────────────────────── ●「楽しんで読もう」。 ▽著者が書いた本で読んだことがあるのは、「坊っちゃん」しか ありません。 他には「我が輩は猫である」の出だしの数頁くらいしか読んだ ことがないです。 先日読んだ「どうせ死んでしまう・・・」に紹介されていたのが この本で、久々に文豪の本を読んでみることにしました。 薄い文庫本だったので、すぐに読めるかなあ、と思ってたら、 よくよく見てみると200ページを超えています。 読むのにそれなりの時間が必要です。 ▽読んでみて気がついたのは、現在出版される本と比べて、漢字が たくさん使われているということです。 旧漢字が使われていたり、現在ではひらがなで書くような言葉が 漢字で書かれていたりして、慣れるまでに少し時間がかかります。 しかし、慣れてくると逆に漢字が多い方が楽に読めることに気が つきます。 それでも、巻末に記されている「文字づかいについて」という ページを読むと、旧仮名づかいは新仮名づかいに改められているし、 その他にも、漢字で書かれている部分を現代仮名づかいに則して ひら仮名で書かれていたりもします。 現在の私たちが読む本がいかに漢字を使っていないかが分かります。 本を読むには漢字がたくさんあった方が読みやすいと思うのですが、 現在出版されている本は、わざと漢字を使っていないように思え ます。 ▽ストーリーを簡単に紹介します。 読み終わってから巻末にある「解説」を読んでみると、今回紹介 する「門」という作品は、「三四郎」「それから」に続く3部作 のうちの最後の作品らしいです。 3部作といっても物語が全て繋がっているわけではなく、それ ぞれの物語の結末の状況を、次の物語の設定にしているらしいです。 物語の主人公は「宗助」、名字は「野中」です。 おそらく30代の半ばくらいの役所に勤める、あまり目立たない 人です。 宗助の妻は「御米」。 年齢は宗助と同じくらいか、いくつか下だと思われます。 宗助には10歳離れた弟、小六がいます。 宗助は、何処にでもいそうな、毎日を何事もなく過ごすことだけを 考えている男性です。 なるたけ、他人との付き合いをしない、ご近所とも付き合わない、 親戚ともできる限り付き合わない、どちらかというと「ひっそり」 暮らしている人間です。 その妻の御米も今で言う専業主婦で、ずっと家にいて、他人との 関わり合いをできる限りしないで過ごしています。 宗助は裕福な家に育ち、大学にも通っていました。 宗助の弟小六は、まだ学生で、学費は父親が出していましたが、 父親が他界し、学費が出せなくなってしまいます。 宗助の親類に伯父夫婦がいて、宗助は父親の実家の土地と建物の 処分を伯父にまかせ、その代わり、小六の学費の面倒を見てもらって いました。 しかし、その伯父も亡くなってしまい、叔母とその息子だけに なってしまい、小六の学費が出せないと言ってきたのです。 その交渉毎をまかされた宗助ですが、なるたけ人と付き合わないで 暮らしている宗助には、そのような交渉毎は煩わしいだけで、 やる気が起きないでいました。 もともと宗助は、現在のようにひっそりと暮らすような性格の 人間ではなく、実家が裕福だったせいもあって、豪勢な学生生活を 送っていました。 学生時代の親しい友人に「安井」という男性がいました。 ある日、安井は女性と同棲を始めます。 宗助には「妹だ」と紹介していました。 最初はごく普通に話をしていた宗助と、安井の内縁の妻でしたが、 ある時、宗助と手を取って安井の元からいなくなってしまいます。 その女性が妻の御米でした。 つまり、宗助は親友の安井の内縁の妻を奪ってしまったのです。 その後、2人はいくつかの土地と転々とし、東京で生活することに なったのです。 2人に子供はありません。 過去3度、子供ができましたが、いずれも生まれる前か生まれた 直後に死んでいます。 ▽できるだけ他人と接触せずに暮らしていた宗助でしたが、ある時 から、家主の坂井とは普通につきあえるようになります。 その坂井と話をしているうちに、消息不明だった安井の話がでて きました。 坂井の息子の友人で、今度家に連れてくるということだったのです。 宗助は坂井には何も言えず、妻の御米にも言わず、ただ一人で 悩んでいました。 安井が来る予定の日は、何事もなく過ぎたのですが、宗助は過去の 自分の行動からくる後ろめたさから、どうしようもない不安と、 どうにもできない自分が嫌になり、10日間仕事の休みをとって、 何らかの解決策を得るために鎌倉の禅寺へ行くことにします。 しかし、10日間の修行だけでは何の悟りも得られず、来たときと 何も変わらない自分のまま家にかえります。 そして、何もかわらないまま時間だけが過ぎていきます。 この本の題名「門」は、小説の連載を始める前に決めた題名で、 著者自身、あまり題名を意識しないで物語を書き始めたみたいです。 ところが、題名とはあまり関係のない物語の展開になってきた みたいで、最後のほうは無理やり「門」につなげようとしている ような気がします。 読んでいて、「面白い!」とか「なるほど」と考えさせるような 物語ではありません。 できるだけひっそりと暮らそうとしている夫婦の話ですから、 物語は淡々と語られ、それに付随する出来事が語られているだけ で今一つ盛り上がりに欠けます。 それでも、読み応えは十分にあって、「久々に日本語を読んだ」 という気にさせてくれる作品です。 |
| CD付[新版]生きがいの創造 |
| ────────────────────────────── ◆今日読んだ本 ────────────────────────────── 題名:CD付[新版]生きがいの創造 著者:飯田史彦 出版:PHP研究所 定価:2400円 購入:ブックオフで1250円 ────────────────────────────── ◆今日の本 購入情報 ────────────────────────────── アマゾン http://amazon.co.jp/o/ASIN/4569627943/oyajimushicom-22/ref=nosim/ 楽天ブックス http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1539848%2f ────────────────────────────── ◆本の目次 ────────────────────────────── 第1章 過去の人生の記憶 第2章 人生のしくみ 第3章 愛する故人とのコミュニケーション 第4章 「永遠の生命」を科学する意味 第5章 「ブレイクスルー思考」による生きがい論 ────────────────────────────── ▼本の成分解析 ────────────────────────────── 知恵 :■■■■■ 勇気 :■■■■■ 豊かな心:■■■■■ おすすめ:■■■■■ この本は2003年4月に出版されています。 1996年6月に初版の単行本が出版されています。 本の帯には「50万部を越えるベストセラーを全面改訂」とあり ます。 「生きがいの創造」はかなり売れているようです。 著者の本職は、「人間の価値観について研究する経営心理学者」 と紹介されています。 著書も多数あります。 今回はどのような発見があるのでしょうか? 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。 ────────────────────────────── ■この本のどこを読むか ────────────────────────────── 1)人生の自己計画とは? ここのところがけっこう重要です。 忙しい方のために、結論を先に紹介します。 ────────────────────────────── ■この本をどう読んだか ────────────────────────────── 1)人生の自己計画とは? 「この時、何度もの人生を通じて太いきずなを築き上げてきた、 ほかの意識体たち(ソウルメイト)と相談しながら、次の人生を 計画することが多いこともわかっています」 「この相談の時、物質界での再会のチャンスをのがさないよう、 互いの誕生の時と場所をきちんと打ち合わせておかなければなり ません」 「被験者たちの証言によると、このような『グループ転生』は、 ひんぱんに繰り返されており、互いに中が良い場合も悪い場合も、 過去生に登場した人物と、ふたたびかかわりあることになるのだ そうです」 「自分が解決しなければならない課題にふさわしい状況に身を 置くために、わざわざ逆境を選択して生まれてくるように助言 された被験者が、何人もいます」 「ある女性は、こう証言しています。『指導役の意識体たちが、 私に、次の人生では父親のいない家庭で育てられる体験を味わう べきだ、と助言してくれたのです。それに、この両親を選んだ ことによって、結婚相手となるべき男性と出会うために、理想的な 立地条件におかれることも知ってました』」 「生まれる前に立てた計画は、必ずしも、理想的なシナリオどおり に実行されるとは限りません。中間生で立てる計画は、いわば 下絵のようなものであり、実際にこの物質世界に生まれて来ると、 さまざまな制約や、自分でしかけておいた数々の試練がおそって くるため、理想的な下絵のとおりに絵を描くことは難しいののです」 「その結果、悪い方悪い方へと選択肢を選んで、自分で仕掛けて おいた試練に負けてしまい、もっとも望ましくないシナリオを 選んでしまうこともあるわけです」 ────────────────────────────── ★今日から実行すること ────────────────────────────── 【 何の心配もなく生きていこう 】 ────────────────────────────── ●もっと知りたい方のために ────────────────────────────── ●「人生の自己計画とは?」 ▽この本の紹介も今回で10回目です。 前回(Vol.666,2008/5/2配信分)に引き続き、「人生の自己計画」を 紹介します。 私たちの人生は、この世に生まれる前に自分自身で計画を立てる ことになっています。 その人生設計は全てを自分一人(魂?)で計画するわけではなく、 「指導役の意識体たち」の助言の元、前に終えてきた人生を振り 返って反省し、生まれ変わった時の人生設計をたてることになり ます。 つまり、私たちの人生は「全てが計画通り」ということになります。 ▽人生の設計を行う場合、指導役の意識体たちの他にも、他の意識体 たちと相談する場合もあるそうです。 著者は言います。 「この時、何度もの人生を通じて太いきずなを築き上げてきた、 ほかの意識体たち(ソウルメイト)と相談しながら、次の人生を 計画することが多いこともわかっています」 「この相談の時、物質界での再会のチャンスをのがさないよう、 互いの誕生の時と場所をきちんと打ち合わせておかなければなり ません」 「被験者たちの証言によると、このような『グループ転生』は、 ひんぱんに繰り返されており、互いに中が良い場合も悪い場合も、 過去生に登場した人物と、ふたたびかかわりあることになるのだ そうです」 現在、自分の周りにいる嫌な奴も、ウマが合う人も、たまにしか 話す機会がない人も、全ては生まれる前に一緒に人生設計をして きた意識体たちなのです。 日本には「袖振れ合うも多生の縁」という言葉があります。 この言葉はまさに「グループ転生」のことを示しているのでは ないでしょうか。 一生に一度しか会わない人もいるし、人生のある時点で深く関わり 会う人もいるし、その時点で自分がある条件満たしていないと、 大切な助言がもらえない場合もあります。 「一期一会」という言葉は、人生で出会う人、出来事を大切に することによって、自分の人生に重要なメッセージがもらえるかも しれない、というような考えがあるからだと考えられます。 ▽人生の計画は、様々なシチュエーションが考えられます。 富と名声を得てとても幸せな人生を送る場合もあるし、何の変哲も ない普通の人生を送る場合もあるし、どん底の人生を送る場合も あります。 著者は言います。 「自分が解決しなければならない課題にふさわしい状況に身を 置くために、わざわざ逆境を選択して生まれてくるように助言 された被験者が、何人もいます」 「ある女性は、こう証言しています。『指導役の意識体たちが、 私に、次の人生では父親のいない家庭で育てられる体験を味わう べきだ、と助言してくれたのです。それに、この両親を選んだ ことによって、結婚相手となるべき男性と出会うために、理想的な 立地条件におかれることも知ってました』」 ということは、結婚相手は自分が生まれる前に、相手となる意識体 (ソウルメイト)と相談して決めている、いわゆる「運命の赤い糸」 というのが存在することにもなります。 お互いに好きあって結婚したにもかかわらず、現在は憎み合って いる夫婦がいるかもしれません。 これも、すべては人生の自己計画のとおりなのです。 問題は、その時点から何を選択するかです。 自分が計画している人生は、「シナリオが一つだけ」ということは ありません。 その時点での選択によって、さまざまなシナリオを用意しています。 著者は言います。 「生まれる前に立てた計画は、必ずしも、理想的なシナリオどおり に実行されるとは限りません。中間生で立てる計画は、いわば 下絵のようなものであり、実際にこの物質世界に生まれて来ると、 さまざまな制約や、自分でしかけておいた数々の試練がおそって くるため、理想的な下絵のとおりに絵を描くことは難しいののです」 「その結果、悪い方悪い方へと選択肢を選んで、自分で仕掛けて おいた試練に負けてしまい、もっとも望ましくないシナリオを 選んでしまうこともあるわけです」 つまり、人生には様々な選択肢が用意されていて、何を選択するか によって、計画した人生のどの部分を歩むことになるのかが決まる のです。 現在、過酷な人生を送っている人も、楽な人生を送っている人も 人生のある時点でいくつもの選択肢があった場面で、そうなるべく 選択してきたため、現在の人生があるのです。 しかし、どの人生も間違いではありません。 悪い選択をしたとしても、あくまでも人生計画通り、あらゆる 選択をしてきた結果として現在の人生があります。 ▽「計画通り」と書くと、例えば先日起きた「秋葉原通り魔事件」 では、犯人と被害者は何の面識もない人たちで、偶然その場に 居合わせたために被害にあってしまったとしか思えない場合が あって、矛盾を感じてしまいます。 何の恨みもないはずですが、運悪く事件に巻き込まれてしまい 被害者の遺族はやりきれない思いが多々あることと思います。 しかし、この事件を人生の自己計画にあてはめて考えてみると 人生に「偶然」はないですから、計画の一部であることに間違いは ないです。 この事件に関連する人たち、犯人、被害者、被害者の家族や遺族、 友人、知人すべての人が大きな人生計画の中で起きた事件だと 考えられなくもないのです。 そこで、事件に関連した人たちが何を感じ、何を選択し、何を 学ぶのか? 過酷な人生ではありますが、そういったことも人生の計画の一部 なのではないかと思われます。 被害者に関わるひとたちにとっては到底納得できないことでは あると思いますが... 「人生の自己計画」は、個人的にはこの本の中で最も重要な部分 だと思います。 このことを知ったため、人生に関する漠然とした「恐れ」がなく なってしまいました。 物質界でどん底の人生でも、人生を失敗しているわけではない ことがわかっただけで気が楽になりました。 人生に失敗はありません。 全ては自分で計画した通りです。 |
| 生活者の日本統治時代―なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか |
| ────────────────────────────── ◆今日読んだ本 ────────────────────────────── 題名:生活者の日本統治時代 副題:なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか 著者:呉善花(オ・ソンファ) 出版:三交社 定価:1500円+税 購入:図書館から借用 ────────────────────────────── ◆今日の本 購入情報 ────────────────────────────── アマゾン http://amazon.co.jp/o/ASIN/4879195731/oyajimushicom-22/ref=nosim/ ────────────────────────────── ◆本の目次 ────────────────────────────── 第1章 植民地朝鮮の虚像と実像 第2章 聞き書き―日本人の体験から 第3章 聞き書き―韓国人の体験から 第4章 朝鮮殖産銀行の日本人と朝鮮人 第5章 「和解できないわけ」はどこにあるのか ────────────────────────────── ▼本の成分解析 ────────────────────────────── 知恵 :■■■■□ 勇気 :■■■□□ 豊かな心:□□□□□ おすすめ:■■■■□ この本は、2000年12月に出版されています。 著者は、韓国出身の方で1983年に来日し、大東文化大学の 留学生となります。 現在は、執筆のかたわら拓殖大学の客員教授をされています。 著者も多数あります。 庶民の暮らしはどのようなものだったのでしょうか? 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。 ────────────────────────────── ■この本のどこを読むか ────────────────────────────── 1)日本統治下で一般市民はどのような生活を送っていたのか? 人によって取り方は違うのではないかと思います。 忙しい方のために、結論を先に紹介します。 ────────────────────────────── ■この本をどう読んだか ────────────────────────────── 1)日本統治下で一般市民はどのような生活を送っていたのか? ※「もっと知りたい方のために」を参照ください。 ────────────────────────────── ★今日から実行すること ────────────────────────────── 【 特にありません 】 ────────────────────────────── ●もっと知りたい方のために ────────────────────────────── ●「日本統治下で一般市民はどのような生活を送っていたのか?」 ▽メルマガで紹介している以外にも、韓国人が日本、及び、日本人に ついて書いた本を何冊か読んでみました。 世代的には、私と同じか少し上の人たちが書いた本です。 日本人が書いた日韓の歴史認識について書かれた本にはさまざま なものがあります。 「日本は朝鮮を植民地化して搾取し、非道いことをしてきた」 という主張と、 「植民地といっても、日本が朝鮮の発展を後押ししてきた」 という主張があります。 数的に言うと、後者の方の主張が多いように思われます。 日本には「言論の自由」があるので、いかようにも主張できます。 一方、日本で出版される韓国人が書いた本も2種類あります。 主張は、同じように上記の2つ。 しかし、後者の主張をする韓国人は、日本に帰化していたり、 活動の場が主に日本だったりします。 韓国には「言論の自由」というのが建前上あるにはありますが、 「親日派」と言われる人たちが書いた本は、出版されなかったり します。 日本と同じような「言論の自由」はないと思った方が良さそうです。 ましてや、北朝鮮では「言論の自由」はなく、「親日派」は 「生きる自由」すらないみたいです。 そして、韓国人が書いた日韓の歴史に関する本を何冊か読んでみて、 そこに書いてあることは印を押したように同じ事が書いてあります。 日本の植民地化を体験したことがないにもかかわらず、同じ歴史 認識で書かれています。 「搾取された、生命が脅かされた、強制的に労働させられた、 強制的に徴兵された、強制的に従軍慰安婦にさせられた、強制的に 氏名を変えられた」 等々、まるで教科書に書かれているかのような書き方です。 ところが、日本人と韓国人以外の国の人が書いた本「日本帝国の 申し子」を読んでみると、確かに労働者階級では「搾取されていた」 と見られる記述もありますが、当時の欧米列強に見られるような 「労働力の搾取のみ」を目的とした植民地支配ではなく、日本が 巨額の資本を投入し、朝鮮の資本家階級のレベルを引き上げ、 経済的に発展させてきた様子が書かれています。 戦後、その遺産を元に韓国が経済発展してきたのはまぎれもない 事実のようです。 しかし、そこに見えないのが一般市民の生活です。 経済的には「搾取」していなかったのが理解できました。 普通に暮らしている一般市民はどのように感じながら生活して いたのでしょうか? そこに光を当て、当時朝鮮に住んでいた日本人と韓国人、双方 の人たちに著者がインタビューしてきた内容が紹介されているのが この本です。 当時朝鮮に住んでいた日本人へのインタビューを拾ってみると 以下のような話がされています。 ・当時住んでいた地域では、日本人と朝鮮人が衝突したという 話を聞いたことはない。子供どうしのいざこざがあったような 話を聞いたことはあるが、虫けらのように扱われたとか、日本人 によるイジメがあったとかいう話は聞いたことがない。 ・大人数の朝鮮人の中に少人数の日本人が生活していたので、 日本人が朝鮮人をいじめるといったようなことはなかった。 ・警察署長も裁判所の判事・検事などにも朝鮮人がいたし、朝鮮 総督府の幹部にも朝鮮人がいたし、警察官も朝鮮人だろうと 日本人だろうと同じ権限をもっていた。そんな中で、少数の 日本人が朝鮮人を虫けらのように扱うはずがない。まして、 従軍慰安婦で言われているように、強制的に娘を連れて行く なんてことは、生活者の連帯意識・民族意識が強い朝鮮人が 黙って見ているはずがない。 ・創始改名は強制的に行われたことはない。満州に移住した朝鮮人 から出た「日本名を使えるようにして欲しい」という要望で 実現したもので、役所の中でも名前を変える人も変えない人も いた。 この他にもいろいろありますが、おおむね 「一体誰が、どこで彼らをそんなに苦しめたのか不思議でならない」 というのが、当時朝鮮に住んでいた日本人の意見です。 ▽次に、韓国人へのインタビューを読んでみると、意見はばらばら です。 ・学校では生徒たちからも先生たちからも、差別をされたことは ない。日本人の恩師もいて、戦後も付き合いを続けていた。 ・わずかだが、昇級や昇給に日本人と朝鮮人の差別があった。 ・家をたくさん持っている朝鮮人は、日本人に割高で貸していた。 多くの日本人は高いことを知っていて借りていた。 ・日本人と韓国人の関係は仲が悪いといったことはなかった。 しかし、朝鮮総督府の政策は気に入らなかった。 ・日本人が韓国人の家を奪ってとか、土地や財産を搾取するような ことはまったくなかった。 ・創始改名は希望者のみとなっていたが、「無言の圧力」があった。 変えないと言って迫害を受けるようなことは見たことはない。 この他にもいろいろな意見がありますが、一般市民どうしの付き 合いは何の問題もなく、搾取されたとか、いじめられたといった 話は出てきません。 しかし、支配する側とされる側の感情の違いと、戦後韓国での 「日帝36年支配の歴史」教育による歴史感が入り交じった意見 もあって、一般市民としての生活には何の支障もなかったけれど 日本の政策はひどかった、という矛盾した意見が多いように 感じます。 もっと、当時のことを知る人たちに意見を聞いてみるべきだと 思いますが、正しい歴史は時間とともに薄れていきます。 そして、人の命も... この本には、日本が朝鮮を統治している間に、朝鮮で実際に生活 していた人たちにインタビューをした内容が書かれています。 時間的にはそうとう昔の話で、「当時性」は薄れていますが、 貴重な意見だと思います。 双方の意見を聞く限り、植民地支配といいながらも親密な人間関係が 築かれていたように感じます。 それがなぜ現在のような歴史認識になってしまうのか、良く分かり ません。 |
| 田園交響楽 (新潮文庫) |
| ────────────────────────────── ◆今日読んだ本 ────────────────────────────── 題名:田園交響楽 著者:ジッド 出版:新潮文庫 定価:324円+税 購入:ブックオフで105円 ────────────────────────────── ◆今日の本 購入情報 ────────────────────────────── アマゾン http://amazon.co.jp/o/ASIN/410204504x/oyajimushicom-22/ref=nosim/ 楽天ブックス http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f3584049%2f ────────────────────────────── ◆本の目次 ────────────────────────────── ※目次はありません。 ────────────────────────────── ▼本の成分解析 ────────────────────────────── 知恵 :□□□□□ 勇気 :□□□□□ 豊かな心:■■■■□ おすすめ:■■■■□ この本は、昭和27年7月に出版されています。 平成17年9月現在で89刷とあります。 長く読まれています。 著者は、1947年にノーベル文学賞を受賞したフランスの作家 です。 著書も多数あります。 どのような物語なのでしょうか? 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。 ────────────────────────────── ■この本のどこを読むか ────────────────────────────── 1)楽しんで読もう。 楽しいと言うより、悲しいというか... 忙しい方のために、結論を先に紹介します。 ────────────────────────────── ■この本をどう読んだか ────────────────────────────── 1)楽しんで読もう。 ※「もっと知りたい方のために」を参照してください。 ────────────────────────────── ★今日から実行すること ────────────────────────────── 【 特にありません 】 ────────────────────────────── ●もっと知りたい方のために ────────────────────────────── ●「楽しんで読もう」。 ▽本当は著者の別の本を探していましたが、この本しか発見できず とりあえず買ってしまいまいた。 全然知りませんでしたがノーベル賞作家です。 フランスの作家で、厳格なプロテスタントの家庭に生まれました。 従姉と恋に落ち結婚します。 この時の体験と結婚生活が後の作品のテーマとなっているそうです。 ▽ストーリーを簡単に紹介します。 舞台背景は、1890年代のフランスです。 主人公はプロテスタントの牧師です。 プロテスタントは牧師、カトリックは神父。 牧師は一般の信者と同じ扱いなので結婚ができます。 一方、神父は生涯結婚できません。 しかし、一般信者よりも一段高いところから罪を許したりする ことができます。 主人公は牧師で、結婚していて子どもが5人います。 ある日、牧師が家に帰ってくると、見知らぬ娘が迎えにきました。 ある家で老婆が息を引き取りそうだから来てくれというので、 牧師はその娘を馬車にのせ案内されるまま老婆の家に向かいます。 牧師は、自分が住んでいる村の大抵のことは知っているつもり でしたが、案内された家のことは知りませんでした。 老婆の家に行ってみると、すでに息を引き取った後で、暖炉の そばには15歳くらいの汚らしい小娘が座っていました。 老婆は聾(聴覚障害者のこと)で、言葉をしゃべったことがない そうです。 そして、娘は盲目です。 耳が聞こえず、話もしない老婆と一緒に住んでいた娘は、目が 見えず、口もきけない状態でした。 娘の身よりは亡くなった老婆しかなく、可哀想に思った牧師は 葬儀の手はずを整え、娘を家に連れて帰ります。 ▽家に帰ると、牧師の妻のアメリーに小言を言われ続けます。 子供が5人もいるのに、さらにやっかいなものを連れてきてしまった のです。 「これを、どうなさるおつもりなの?」 妻は、忙しくて家庭のことはほとんど何もしない牧師に対して 小言を続けます。 ▽娘の名前は「ジェルトリュード」と名付けました。 聞き取れるけれど言葉を話すことはできない盲目のジェルトリュード を牧師は熱心に教育します。 家庭のことは何もしなかったはずの牧師の姿を見て、妻のアメリー は文句タラタラです。 牧師がジェルトリュードに熱心に教育したり、音楽会へ連れて 行ったりすることに納得がいきません。 自分の子供にはそんなことは一切しなかったのに、拾ってきた 娘には親切に教える牧師に我慢がならなかったのです。 ▽牧師の熱心な教育のせいもあって、ジェルトリュードは話ができる ようになり、さまざまなことに興味を持つようになります。 そのころから、妻のアメリーの態度がさらに悪化します。 牧師は、ジェルトリュードを別の女性の家にあずけ、そこで音楽 等さまざまなことを教えてもらうようにしました。 ある日牧師は、神学校に進学していた息子のジャックがその女性の 家でジェルトリュードと一緒にいるのを目撃します。 その仕草から、2人が緊密な仲にあるのではないかと危惧し、 牧師は息子と話をします。 息子は牧師に何かを言われる前に、ジェルトリュードと結婚したい という旨を牧師に伝えます。 しかし、牧師は反対します。 ジェルトリュードがまだ若すぎること等いくつかの理由をあげて 反対します。 牧師は、ジェルトリュードにもそのことを話すとジェルトリュードは ジャックに対しては何の感情もなくて、愛しているのは牧師だけで あることを告白します。 牧師もジェルトリュードを愛していましたが、その愛は慈悲から くる愛だとばかり思ってました。 しかし、気が付いていないのは牧師だけで、妻のアメリーも息子の ジャックも、ジェルトリュードも、牧師の愛が男女の愛である ことに気が付いていたのです。 嫉妬のために憔悴するアメリー。 その言葉を聞いて、アメリーに好かれていないことを察している ジェルトリュード。 しかし、目が見えないジェルトリュードは、人の表情を読みとる ことはできないし、まだ見ぬ世界は美しいもので満ちあふれている と思っていました。 牧師のことを「愛している」とハッキリと口にするジェルトリュード に対し、牧師も次第に答えていくようになってしまいます。 息子のジャックに、ジェルトリュードとの結婚はあきらめるように 言い、また本人からも結婚する気はないと言われたジャックは あきらめたようでした。 ▽ある日、ジェルトリュードは開眼手術を受けることになりました。 手術は成功し、目が見えるようになって帰ってきてすぐジェルト リュードは自殺を図ります。 なぜ彼女は自殺しなければならなかったのか? 結末が気になる方は、読んでみてください。 この本は、113頁しかないのですぐに読めます。 この物語は、切ない恋の物語ではなく、結果的にたくさんのものを 失ってしまうことになる苦渋に満ちた牧師の物語です。 目が見えないということは、いろいろなことが見えるということ でもあるみたいですが、やはり見えてない現実もたくさんあると いうことだと思います。 でも、一番見えていなかったのは牧師でした。 |