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豊かな人生研究委員会
人生を成功に導く読書術! 〜豊かな人生研究委員会〜
人生に必要な荷物 いらない荷物
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:人生に必要な荷物いらない荷物
 著者:リチャード・J・ ライダー、ディビッド・A・ サピーロ
 出版:サンマーク出版
 定価:1800円(文庫版が出ています)
 購入:ブックオフで105円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4763191349/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f765281%2f



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 ◆本の目次
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 序文 人生の午後に差しかかった人へ
 プロローグ あの問いかけが、すべてのはじまり
 第1章 これだけあれば、幸せなのか?
 第2章 自分の荷物を解いてみる
 第3章 仕事というカバンを開ける
 第4章 人間関係の荷物を解く
 第5章 自分の場所を見つけ出す
 第6章 すべてのカバンを詰め直す
 第7章 自由への道はここにある
 エピローグ 成功は、そんなに重荷になるものか?



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 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■□□
 勇気  :■■■□□
 豊かな心:■■□□□
 おすすめ:■■■□□



 この本は1995年11月に出版されています。
 
 著者の一人ディック・J・ライダーは紹介文によると、個人および
 企業・組織にむけ、キャリアとライフスタイル作りの戦略を提供
 する専門家とあります。
 
 著書も多数あるそうです。
 
 もう一人の著者デイブ・A・サピーロは、子ども達に哲学を教える
 かたわら、執筆活動を続けている方です。



 人生に必要な荷物とは何でしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)いい人生とは?



 「いい人生」ってどのような人生なのでしょうか?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)いい人生とは?

 「幸せに変化をもたらす人生の条件は、社会的関係・仕事・遊び
 という3つの領域をカバーするものである。これらの領域において、
 満足できる状態を築けるかどうかは、絶対的な富にも相対的な
 富にも、ほとんど関係がない」
 
 「あなたは、人生で成功を収めているかもしれない。しかし、
 その人生のどこが良いのか考えてみてほしい。自分がしたかった
 ことなど、何ひとつしていないのではないだろうか。自分の肉体や
 魂が何を望んでいるかを知り、それに従っていけばいい、他人に
 迷わされてはだめだ」

 「いい人生とは、統合(integration)の小道をたどることである。
 統合という言葉は、ラテン語で『全体』を意味するintegerから
 きている」
 
 「多くの人々の人生に欠けているのは、この『全体性』なのだ。
 いい人生の探求とは、この『全体性』の探求にほかならない」
 
 「私たちは、『統合とは、自分に対する小さな約束を守ることで
 ある』と定義する」

 「いい人生とは、『仕事』『愛』『場所』、そして『目的』の
 全体的統合である−こう定義する」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 自分にとってのいい人生を考えてみよう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●「いい人生」とはどのような人生なのでしょうか?

▽人間として生きていて、30台後半になるとこれまでの自分の
 人生を振り返ります。(私の場合です)
 
 自分の人生を考えている人は、かなり早い段階から考えています。
 
 そこで思ったのは、「自分の人生このままでいいのか?」という
 ことでした。
 
 平凡に、何も考えずに過ぎていく日々に、焦りを感じ始めます。
 
 「もしかして、このまま人生おわるのかな?」
 
 男性の平均寿命が76歳になったといっても、自分がその歳まで
 生きられる保障はどこにもありません。
 
 いつ死んでもおかしくはないのです。
 
 すると、当然「何とかしなきゃ」と思い始めます。
 
 「いい人生を送りたい。充実した人生を送りたい。死ぬときに
 何の後悔もなく死にたい」
 
 そう考えるようになりました。
 
▽でも、「いい人生」ってどのような人生なのでしょうか?
 
 そのとき考えたのは、世間一般に言われている「社会的な成功」
 です。
 
 ありがちですね。
 
 「金銭的に豊かになって、あれ買って、これ買って、立派な家を
 建てて...」
 
 最初はこんなもんだと思います。
 
 それからしばらくすると、別の考えが浮かびます。
 
 「その後どうする?」
 
 まだ、社会的に成功するまえに、こんなこと考えるのもおかしな話
 ですが、とにかくそう考えてしまったのです。
 
▽実はまだ、自分にとっての「いい人生」の答えが出てません。
 
 「こんなものかな?」という自分なりの定義はあります。
 
 自分の考えていることと、同じニュアンスの言葉が、この本に
 あったので記載します。
 
 「幸せに変化をもたらす人生の条件は、社会的関係・仕事・遊び
 という3つの領域をカバーするものである。これらの領域において、
 満足できる状態を築けるかどうかは、絶対的な富にも相対的な
 富にも、ほとんど関係がない」
 
 「あなたは、人生で成功を収めているかもしれない。しかし、
 その人生のどこが良いのか考えてみてほしい。自分がしたかった
 ことなど、何ひとつしていないのではないだろうか。自分の肉体や
 魂が何を望んでいるかを知り、それに従っていけばいい、他人に
 迷わされてはだめだ」
 
 簡単に言うと、「自分のやりたいことをやってますか?」という
 ことだと思います。
 
 人と比較したり、人の幸せを考えたり、人を羨ましがったりしても
 何も楽しくないです。
 
 私なりの「いい人生」とは、「自分のやりたいことをやって、
 日々楽しく生活すること」です。
 
 それは、自分の家族の幸せよりも優先されます。
 
 自分が満たされていないのに、自分以外の人を満たしてあげる
 ことはできないと思うからです。
 
 と、自分勝手に「いい人生」を定義しています。
 
▽では、著者が定義する「いい人生」とはどのようなことなので
 しょうか?
 
 著者は言います。
 
 「いい人生とは、統合(integration)の小道をたどることである。
 統合という言葉は、ラテン語で『全体』を意味するintegerから
 きている」
 
 「多くの人々の人生に欠けているのは、この『全体性』なのだ。
 いい人生の探求とは、この『全体性』の探求にほかならない」
 
 「私たちは、『統合とは、自分に対する小さな約束を守ることで
 ある』と定義する」
 
 何だかよく分かりませんね。
 
 いい人生とは、「自分に対する小さな約束を守ることである」
 ということのように読めます。
 
 次の言葉なら何となく分かるでしょうか。
 
 「いい人生とは、『仕事』『愛』『場所』、そして『目的』の
 全体的統合である−こう定義する」
 
 そして、それぞれの分野に対して、「自分に対する小さな約束を
 守ること」だと読みとれます。





 この本には、自分が抱えている「仕事」「愛」「場所」「目的」
 について詳しく書かれています。
 
 人生で何を選択すればいいのか、自分の人生の荷物を一つ一つ
 棚卸ししてみて、本当に必要な荷物だけを選別して持って行き
 ましょう、と主張しています。
 
 自分の現在の人生は、けっこうシンプルかもしれません。
 
 社会的に成功しているわけでもないので、人間のしがらみとか
 余計な人間関係とかあまりないです。
 
 仕事も、別の会社へ派遣で出ているので、出世とか競争とか余計な
 ことを考えなくてもいいのでとても楽です。
 
 あとは、やりたいことを思う存分やって死ねたらベストですね。
 
 実はそれが一番問題だったりするんですけど...



ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術
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 ◆今日読んだ本
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 題名:ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術
 著者:立花隆
 出版:文藝春秋
 定価:629円+税
 購入:ブックオフで350円



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 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4167330156/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1555664%2f



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 多数あるので省略します。



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■□□
 勇気  :□□□□□
 豊かな心:□□□□□
 おすすめ:■■■□□



 この本は2003年5月に出版されています。
 
 この本の単行本が2001年4月に出版されていて、その文庫版
 となります。
 
 著者は、ジャーナリスト、評論家として有名です。
 
 著者も多数あります。



 著者の本の読み方を知りたいです。



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)著者の速読術とは?



 本はどのようの読むべきなのでしょうか?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)著者の速読術とは?

 「速読は、できるものとできないものがある。しやすいものと
 しにくいものといってもよい」

 「一般的にいって、読むこと自体を楽しもうという本は、速読
 しないほうがいい。ゆっくり読んだほうが、楽しい時間がより
 長くなる」
 
 「速読が可能でかつ速読したほうが得なのは、読むこと自体を
 楽しむ本ではなく、情報が沢山つまった、多少専門的な内容の
 本で、書かれている情報の読みとりそのものを目的とする参考
 資料のたぐいである」

 「どのような1冊の本も、1枚のチャートにすることができる。
 実際にチャートを作らなくてもよい。そう考えることが大事なの
 である」
 
 「大切なのは、キーワードの拾い出しと、論理の流れ(フロー)
 である」

 「大事なことは本を読むときに、逐語的に文章を読み、逐文章的に
 本全体を順次読んでいこうとしないで、本全体の構造がどのように
 できているのか、その流れだけをとりあえずつかもうとすることで
 ある」

 「まず、章単位で全体の大きな流れをつかみ、次に節単位でもう
 少し細かな流れをつかんでしまう。それを速読的にやりたいなら。
 逐文章的に本を読むのをやめ、パラグラフ単位で、パラグラフの
 頭の文章だけを次々に読んでしまうのである(大事なことはパラ
 グラフの最初のセンテンスに書かれていることが多い)」
 
 「続き具合がわからなくてもとりあえずワンセンテンスでやめて
 (これが大事)、次のパラグラフの頭の文章に飛ぶ。それだけの
 ことなら、1ページ1秒、ちょっと遅くても2、3秒で読める。
 300ぺーじの本で、300秒から900秒、つまり、5分から
 15分しかかからない(時間に余裕があったら、パラグラフの
 お尻のワンセンテンスも次々に読んでいくことを加えるのもよい。
 お尻に大事なことが書いてあることも多い)」
 
 「大事なことは、はじめから終わりまで、1ページ1ページ、
 全ページをとにかく目を走らせながらめくってしまうことである」

 「だからとばし読みをしていても、その間に、なんとなく(なんと
 なくで我慢しておく)本の流れがつかめるし、その本の扱っている
 テーマの主要なキーワードが何と何であるかなどは、自然に
 わかってくるのである」

 「本を沢山読むために何より大切なのは、読む必要がない本の
 見極めをなるべく早くつけて、読まないとなったら、その本は
 断固として読まないことである」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 さっそく実践してみよう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●「著者の速読術」とはどのような方法なのでしょうか?

▽実は著者の本は、まだ1冊しか読んだことありません。

 「僕はこんな本を読んできた」というのがそれで、著者の本職?
 の内容とは違う本です。
 
 というのも、ブックオフに置いてある著者の本は、だいたいに
 おいて分厚く、今回紹介する本も471ページあります。
 
 読みたい内容と本の厚さから、あまり手に取らないのですが、
 今回は「速読術」が約20ページに渡って書かれていたので
 購入しました。
 
 読んだのは、著者の書評の書き方と速読術の部分だけです。
 
 後は延々と著者が読んできた本の紹介が書かれています。
 
 今回は、著者の速読術の部分を紹介します。
 
▽著者はジャーナリストということで、様々な人にインタンビューを
 するそうです。
 
 すると、当然本を書いている人にもインタビューする機会があって、
 その人に会う前には必ずその著書を全て読むそうです。
 
 そういうことを繰り返していると、普通ではとても読めない
 ようなスピードで読むことができるようになるそうです。
 
 必要にせまられて、ということです。
 
 ただし、速読できる本と、できない本があるそうです。
 
 著者は言います。
 
 「速読は、できるものとできないものがある。しやすいものと
 しにくいものといってもよい」
 
 「一般的にいって、読むこと自体を楽しもうという本は、速読
 しないほうがいい。ゆっくり読んだほうが、楽しい時間がより
 長くなる」
 
 「速読が可能でかつ速読したほうが得なのは、読むこと自体を
 楽しむ本ではなく、情報が沢山つまった、多少専門的な内容の
 本で、書かれている情報の読みとりそのものを目的とする参考
 資料のたぐいである」
 
 つまり、「楽しく読書するための本は速読できない」ということ
 です。
 
 これは納得です。
 
 私も、興味がある本は、早く読むことができません。
 
 気がつくと、全てを読んでしまいます。
 
 ということは、ある程度割り切って読むしかないということです。
 
 「楽しい本は速読しない、知識として必要な本は速読する」と
 考えればいいと思います。
 
▽著者は、次のように言います。

 「どのような1冊の本も、1枚のチャートにすることができる。
 実際にチャートを作らなくてもよい。そう考えることが大事なの
 である」
 
 「大切なのは、キーワードの拾い出しと、論理の流れ(フロー)
 である」
 
 残念ながら、実際のチャートは掲載されていませんが、言いたい
 ことはなんとなく分かります。
 
 さらに著者は言います。
 
 「大事なことは本を読むときに、逐語的に文章を読み、逐文章的に
 本全体を順次読んでいこうとしないで、本全体の構造がどのように
 できているのか、その流れだけをとりあえずつかもうとすることで
 ある」
 
 つまり、全てを読まずに、まず流れをつかむことが大切なのです。
 
▽では、その方法はどうすればいいのでしょうか?

 「まず、章単位で全体の大きな流れをつかみ、次に節単位でもう
 少し細かな流れをつかんでしまう。それを速読的にやりたいなら。
 逐文章的に本を読むのをやめ、パラグラフ単位で、パラグラフの
 頭の文章だけを次々に読んでしまうのである(大事なことはパラ
 グラフの最初のセンテンスに書かれていることが多い)」
 
 「続き具合がわからなくてもとりあえずワンセンテンスでやめて
 (これが大事)、次のパラグラフの頭の文章に飛ぶ。それだけの
 ことなら、1ページ1秒、ちょっと遅くても2、3秒で読める。
 300ぺーじの本で、300秒から900秒、つまり、5分から
 15分しかかからない(時間に余裕があったら、パラグラフの
 お尻のワンセンテンスも次々に読んでいくことを加えるのもよい。
 お尻に大事なことが書いてあることも多い)」
 
 「大事なことは、はじめから終わりまで、1ページ1ページ、
 全ページをとにかく目を走らせながらめくってしまうことである」
 
 これをするには、経験上、考え方を変える必要があります。
 
 私たち日本人は、小さい頃から本は1字1句頭から最後まで読む
 ように教育されています。
 
 したがって、著者が言うような読み方は、技術的にはできても、
 心の問題が出てきます。
 
 「ほんとに全て読まなくてもいいの?」という、いわゆる「罪悪感」
 をもってしまうのです。
 
 どちらかというと、この罪悪感を克服する方が難しいです。
 
▽人間の目は、思っている以上に高性能にできていて、サーッと
 目を走らせているだけで、脳の中にはかなりの情報が取り込まれて
 いるそうです。
 
 著者は言います。
 
 「だからとばし読みをしていても、その間に、なんとなく(なんと
 なくで我慢しておく)本の流れがつかめるし、その本の扱っている
 テーマの主要なキーワードが何と何であるかなどは、自然に
 わかってくるのである」
 
 確かに、その本に重要なキーワードは、何度も何度も出てきます。
 
 そのキーワードを拾っていくだけでも、本の概要は理解できます。
 
▽次に、だいたいの本の流れがわかったら、もう一度頭に戻ります。
 
 そして、ここで重要な判断をします。
 
 実はこれが一番難しいのですが、その本を続けて読むかどうかを
 判断します。
 
 そして、自分に必要な本であれば、さらに細かく読んでいけば
 いいし、必要のない本であれば読むのを止めます。
 
 高いお金を出して買った本は、どうしても全て読まなければ
 ならないと考えてしまいます。
 
 しかし、その考えは捨てなくてはなりません。
 
 著者は言います。
 
 「本を沢山読むために何より大切なのは、読む必要がない本の
 見極めをなるべく早くつけて、読まないとなったら、その本は
 断固として読まないことである」
 
 これは、分かっているけどなかなかできません。
 
 一つの手としては、ブックオフで安い本を買って、訓練してみると
 できるようになります。
 
 速読は、心の問題を克服するとできるようになります。





 この本の大半をしめているのは、著者が読んだ大量の本の紹介です。
 
 しかし、私にはその部分はあまり関心がなく、今回紹介した速読術の
 部分に興味があってこの本を買いました。
 
 かかった時間はわずか15分くらいです。
 
 問題はそれで止めることができるかどうかです。
 
 本を早く読むことは、心との戦いだと思います。



「傷つきたくない」気持ちの精神病理―青少年の衝動行動のゆくえ
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
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 題名:「傷つきたくない」気持ちの精神病理
 副題:青少年の衝動行動のゆくえ
 著者:福西勇夫
 出版:女子栄養大学出版部
 定価:1800円+税
 購入:ブックオフで105円



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 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4789554260/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1168802%2f



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 ◆本の目次
──────────────────────────────
 第一部 言葉にならない悲痛な気持ち
  第一章 「傷つきたくない」気持ち
  第二章 「人と同じじゃないと落ちつかない」気持ち
  第三章 「わかってほしい」と願う気持ち
 第二部 「感情を表現する能力の喪失」から「衝動のコントロール不能状態」へ
     ―さまざまな症例を通して
 第三部 「傷つきたくない」気持ちの病理性
  第一章 感情のレギュレーション(制御)の障害
  第二章 病理性の検討
 第四部 今後の展望とその対応
  第一章 今後の展望
  第二章 対応を考える?―ボタンのかけ違いに気づかない



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 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■□□
 勇気  :□□□□□
 豊かな心:□□□□□
 おすすめ:■■■□□



 この本は2000年7月に出版されています。
 
 著者は精神科医で、紹介文によるとよく分からないけれどたく
 さんの賞をもらっている方です。
 
 著書もたくさんあります。



 「傷つきたくない」気持ちとは?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)傷つきたくない気持ちとは?



 人間誰しも傷ついたくないです。



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)傷つきたくない気持ちとは?

 「つきあい方のなかでも、ここ数十年間で最も大きな変化と言えば、
 傷つかなくてもすむ浅いつきあい方を好む人がやたら増えている
 ことにある気がします」

 「若い世代の人に見られるように、最初から最後まで終始、浅い
 つきあい方しか存在しないわけではありません。同じ『傷つき
 たくない』気持ちを持っていても、この点が両者の大きく異なる
 点であるように思います」

 「世の中全体が『傷つきたくない』気持ちを持っているように
 思われてならないのです。もう少し正確に言えば、『傷つきたく
 ない』ではなく、『傷つくのが怖い』という恐怖感なのかもしれ
 ません」

 「彼女たちの気持ちをまとめると、『深いつきあいは怖くてとても
 できない』が『浅いつきあいで、しかもそばにいてくれる人が
 ほしい』と訴えているように聞こえます」

 「もし人に自分のことをわかってほしいと思うのなら、そう思う
 前に相手をわかろうとする努力が必要です。自分のことを理解して
 ほしいが、相手のことを理解しようとしない……。このことは、
 若い世代の人たちが深いつきあいをあまり経験していないことを
 示していることになります」
 
 「その理由は簡単です。自分のことを理解してほしいという一方的な
 欲求ばかりでは、深いつきあいはなかなか成立しないわけですから……」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 人のことをもっと理解しよう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●「傷つきたくない気持ち」とはどのようなものなのでしょうか?

▽人間の魂は、修行をしにこの世に生まれてきます。
 
 そして、一番魂が磨かれるのは「人間関係」なのだそうです。
 
 思い出してみると、過去に思い悩んでいたことは人間関係のことが
 多いです。
 
 そして、悩んでいることだけでなく、楽しいことや嬉しいことも
 ほとんどが人間関係によるものです。
 
 人が生きていくうえで避けて通れないのが人との関係です。
 
 一人で山にこもって生活することもできないことはないですが、
 それでも最低限の人との係わり合いがないと生きていけません。
 
 避けて通ることはできないのです。
 
▽いつの時代も、世の中のおじさんたちは「最近の若い者は...」
 という言葉を口にします。
 
 そのおじさんたちは、
 「責任感が欠如している」
 「人とのつきあい方を知らない」
 「あいさつもろくにできない」
 「何を考えているのかっわからない」
 ということを感じているそうです。
 
 私(とうぜん若い者です)から見ると、そういうおじさんこそ
 「礼儀がなってない」と思うし、「もう少し人の気持ちを考えてよ」と
 思うこともあります。
 
 どっちもどっちなんですね。
 
▽最近よく聞くのは、
 
 「今の若い男性は女性に告白することができない」
 
 ということです。
 
 「断られると傷つくから」というのが理由のようです。
 
 相手の女性が好きであればあるほど、断られたら傷つくのは当たり
 前の話です。
 
 そのことを考えても告白するのが男性の務め?だと思います。
 
 しかし、それができない若い男性が増えているそうです。
 
 著者は言います。
 
 「つきあい方のなかでも、ここ数十年間で最も大きな変化と言えば、
 傷つかなくてもすむ浅いつきあい方を好む人がやたら増えている
 ことにある気がします」
 
▽でも実は、大人達も深い付き合いを避けようとする傾向にある
 そうです。
 
 現代の社会はストレス社会で、会社ではリストラに脅え、家に
 帰っても受け入れてもらえず、世の中には騙そうとする人たちが
 たくさんいます。
 
 大人達がこのような社会の中で、深い人間関係になろうとした
 ときに警戒心を抱き、浅いつきあいになり、その人を見極めよう
 とするのは無理ないかもしれません。
 
 それほど傷ついてきたからだと思います。
 
▽著者は、大人達と現代の若い人たちは少し違うと言います。

 「若い世代の人に見られるように、最初から最後まで終始、浅い
 つきあい方しか存在しないわけではありません。同じ『傷つき
 たくない』気持ちを持っていても、この点が両者の大きく異なる
 点であるように思います」
 
 大人達は、いままでたくさん傷ついてきたので、浅いつきあいしか
 できなくなっているのですが、若い人たちは少し違うようです。
 
 著者は言います。
 
 「世の中全体が『傷つきたくない』気持ちを持っているように
 思われてならないのです。もう少し正確に言えば、『傷つきたく
 ない』ではなく、『傷つくのが怖い』という恐怖感なのかもしれ
 ません」
 
 傷つくのが怖くて他人と深くつきあうことができない、というのが
 現在の社会なのだそうです。
 
▽この本には至る所に、著者が若い女性たちにインタビューした内容が
 会話形式で書かれています。
 
 その会話を読んでいると、「その考えは間違ってるんじゃない?」
 と思うことが多々あるということは、私も若い人ではないという
 ことでしょうか。
 
 著者は言います。
 
 「彼女たちの気持ちをまとめると、『深いつきあいは怖くてとても
 できない』が『浅いつきあいで、しかもそばにいてくれる人が
 ほしい』と訴えているように聞こえます」
 
 何とも身勝手な考え方ですね。(こう思う時点で、私は若い者
 ではないみたいです)
 
 著者は言います。
 
 「もし人に自分のことをわかってほしいと思うのなら、そう思う
 前に相手をわかろうとする努力が必要です。自分のことを理解して
 ほしいが、相手のことを理解しようとしない……。このことは、
 若い世代の人たちが深いつきあいをあまり経験していないことを
 示していることになります」
 
 「その理由は簡単です。自分のことを理解してほしいという一方的な
 欲求ばかりでは、深いつきあいはなかなか成立しないわけですから……」
 
 これがエスカレートすると、ストーカーになります。
 
 自分のことを理解してもらうには、相手のことも理解しなくては
 ならないというのは当たり前のことです。
 
 何も話さないのに、「側にいて私のことを理解して」というのは
 無理な話です。
 
 深くつきあって傷ついて人間は磨かれていくのだと思います。





 この本には、傷つきたくない人たちのことや、その病理に至る
 家庭環境、社会環境が解説されています。
 
 確かに、心が傷つくのはつらいことです。
 
 でも、その先には人間にとってすばらしい世界が待っていることは
 確かです。
 
 まず、未婚の若い男性は好きな女性に告白してみましょう。
 
 うまくいくかもしれないし、いかないかもしれないけど、何も
 言わないで黙っているよりは健康に良いと思います。
 
 「ダメもと」で告白して、本当にだめだったら次へ、でいいじゃ
 ないですか。
 
 そのうち「運命の赤い糸」で結ばれた人とめぐり会うことになり
 ます。



あなたのためのスピリチュアル・カウンセリング
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:あなたのための スピリチュアル・カウンセリング
 著者:江原啓之
 出版:中央公論社
 定価:1200円+税(文庫版が出ています)
 購入:ブックオフで105円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4120035964/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1743320%2f



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 ※多数あるので省略します。



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■□□
 勇気  :■■■■□
 豊かな心:■□□□□
 おすすめ:■■■■□



 この本は2004年12月に出版されています。
 
 著者は、スピリチュアル・カウンセラーをしています。
 
 このメルマガでも、飯田史彦さんと並び、何度も紹介しています。
 
 著書も多数あります。



 人生の苦難はどのように考えればいいのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)身近な人の自殺の悲しみの乗り越え方とは?



 少しでも考え方が参考になればいいです。



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)身近な人の自殺の悲しみの乗り越え方とは?

 「親として実につらい経験をされましたね。でも、息子さんの
 魂は今もあの世で生きているのですよ。そして、あなたが寿命を
 迎えた時、必ずあの世で再開できます。そのときまで、あなたは
 あなたの人生を生き切ることが大切です」
 
 「残念ながら、あなたにはつらい日々がまだまだ続くと思います。
 母親としてできる最大の供養は、彼の死が表すメッセージを正しく
 受け止めることです。息子さんを愛するならば、その心情を真に
 理解し、これからのあなた自身の生をより充実させていくきっかけ
 にすることです」
 
 「惜しい気持ち、悔しい気持ちは消そうにも消せないでしょう。
 でも人間というものは、悲しいかな、失ったものから学ぶことが
 多いのです。それは個人の人生だけでなく、人類全体の歴史を
 見てもわかります」
 
 「『時すでに遅し』という痛恨の思いほど、たましいに深く刻ま
 れるものはありません。そして、深く刻まれた思いほど、人を
 大きく成長させてくれるものはないのです」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 私の人生はついてます 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●「身近な人の自殺の悲しみの乗り越え方」とはどのような方法
 なのでしょうか?

▽私のこれまでの人生で「苦難」と呼べるほどのことはありません。

 苦しいと思ったことは何度かありますが、この本に紹介されて
 いるような事例に比べると「苦難」とか「悲しみ」という言葉は
 使ってはいけないような気がします。
 
 あえて「苦難」をあげるとすると、生まれてから1年くらいして
 病気と薬アレルギーで、ほぼ死にかけたことくらいです。
 
 でも、そんなことは当然記憶になくて、私の苦難は両親や祖父母が
 引き受けてくれました。
 
 それ以来、苦難とよべることは私には起きていません。
 
 おそらく、私の人生ついています。
 
▽この本には、様々な苦難や悲しみを感じてどうしようもなくなって
 いる人からの相談を著者が受け、スピリチュアルな観点から解決の
 ための指針が書かれています。
 
 もし、この本を読んで、同じことで苦しみや悲しみを感じている人
 がいたとしても、人それぞれ与えられた課題は違うと思います。
 
 したがって、本に書いてあることをそのまま自分に当てはめて
 みても、なかなか上手く解決できないと考えられます。
 
 感情移入して読む場合は「こういう考え方もあるんだ。じゃあ
 自分はどうなんだろう」というふうに考えてみた方が良いと思い
 ます。
 
▽皆さんどのような事に悩んでいるかというと、人それぞれですが、
 大別すると次のようになります。
 
 ・身近な人の死、自殺
 ・人生の不幸
 ・人間関係の悩み
 
 人との何らかの関わり合いで起きる悩みがほとんどです。
 
▽「身近な人の死、自殺」にまとを絞って紹介します。
 
 身近な人の死は残された人にとってこれほど悲しいことはあり
 ません。
 
 私が体験した身近な人の死は、自分の祖父母の死だけです。
 
 祖父母が先に死ぬことは生物学的に言うと順当な死です。
 
 分かってはいますが、とても悲しいです。
 
 これとは逆に、自分の子どもが死んだときは気が狂わんばかりの
 悲しみに襲われるのではないかと思います。
 
 絶対に体験したくはないですが...
 
 ここで紹介されているのは、自分の息子が何の前触れもなく飛び
 降り自殺してしまった。
 
 その悲しみをどうやって乗り越えればいいのだろうかという相談
 です。
 
▽日本では年間の自殺者が3万人を越えています。
 
 単純に3万人を365日で割ってみると、1日に82名の自殺者
 がいることになります。
 
 交通事故による死亡者が平成18年度で6300名くらいなので、
 その5倍くらいが自殺していることになります。
 
 この自殺というのはスピリチュアルな観点からみると、絶対して
 はならない行為なのだそうです。
 
 自分の寿命は自分が生まれる前に自分で計画しているもので、
 それを無視した自殺というのは、死んでからもっと苦しむことに
 なるそうです。
 
 「全てが嫌になったから自殺して楽になろう。リセットしよう」
 
 自殺する人はそう考え決行するそうですが、自殺するともっと
 苦しくなるようです。
 
 死んでも魂は存在しているので、そこで何度も何度も自殺を繰り
 返すそうです。
 
 「まだ死ねない...もう一度」
 
 これは辛そうですね。
 
 自殺は止めたほうがよさそうです。
 
▽自殺をして苦しむのは本人だけではありません。
 
 残された家族も悲しみ、苦しみます。
 
 それが、自分の子どもだった場合、その苦しみは耐え難いものと
 なります。
 
 ここで紹介されている事例は次のような相談です。
 
 大学入学と同時に家を出て一人暮らしを始めた息子が、引きこもって
 いることがわかり、家に連れ戻したが、定職にも就かずアルバイトを
 しながら28歳になった。
 
 しかし、何の前触れもなくマンションから飛び降り自殺してし
 まった。
 
 遺書はなく、なぜ自殺したか分からない、というものです。
 
 家族の人間関係の本を読んでいると、その自殺の根本原因は、
 悩んでいる親にあることが分かります。
 
▽では、どのように考えればいいのでしょうか?
 
 著者は言います。
 
 「親として実につらい経験をされましたね。でも、息子さんの
 魂は今もあの世で生きているのですよ。そして、あなたが寿命を
 迎えた時、必ずあの世で再開できます。そのときまで、あなたは
 あなたの人生を生き切ることが大切です」
 
 「残念ながら、あなたにはつらい日々がまだまだ続くと思います。
 母親としてできる最大の供養は、彼の死が表すメッセージを正しく
 受け止めることです。息子さんを愛するならば、その心情を真に
 理解し、これからのあなた自身の生をより充実させていくきっかけ
 にすることです」
 
 「惜しい気持ち、悔しい気持ちは消そうにも消せないでしょう。
 でも人間というものは、悲しいかな、失ったものから学ぶことが
 多いのです。それは個人の人生だけでなく、人類全体の歴史を
 見てもわかります」
 
 「『時すでに遅し』という痛恨の思いほど、たましいに深く刻ま
 れるものはありません。そして、深く刻まれた思いほど、人を
 大きく成長させてくれるものはないのです」
 
 自殺は残された家族にとって、とても悲しいことではありますが
 その死を無駄にしない生き方をすることが、死んだ人への供養
 にもなるし、自分の成長にもなるのです。
 
 と、書くのは簡単ですが...





 この本には、この他に様々な苦難、悲しみに悩む人たちの相談が
 紹介されています。
 
 その一つ一つの出来事には、必ず意味があります。
 
 「自分の人生に起こることに偶然はない」という言葉をよく聞き
 ます。
 
 どのような苦しみも悩みも自分自身で設計したものです。
 
 ということは必ず乗り越えていけるはずです。
 
 でも、これまで苦難や悲しみにあまり遭遇したことがない私が
 書くと全然説得力ないですね。


男の勘ちがい(2回目)
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:男の勘ちがい
 著者:斎藤学
 出版:毎日新聞社
 定価:1238円+税
 購入:ブックオフで700円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4620317012/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1696465%2f



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 第1章 逃げる男と逃げない男
 第2章 男に足りないもの
 第3章 男たちと世間
 第4章 虐待する男たち
 第5章 男は脆いよ
 第6章 男たちの結婚
 第7章 父親してるか?男たち
 第8章 男児から男へ
 第9章 大人の男として生きたい



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■■□
 勇気  :■■■□□
 豊かな心:■■■□□
 おすすめ:■■■■□



 この本は2004年7月に出版されています。
 
 著者は精神科医で、アルコール依存、児童虐待、過食症、拒食症
 問題などに長年取り組み、治療方法として、自助グループで語る
 手法を日本に広めた第一人者、と紹介されています。
 
 著書も多数あります。
 
 このメルマガでも何度か紹介しています。
 



 家族の人間関係に詳しい精神科医の分析を知りたいです。



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)少年Aの家庭環境とは?



 今とても知りたいです。



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)少年Aの家庭環境とは?

 「『父の掟』とは『日は東から昇り西に沈むものであって、決して
 その逆は起こらない』とか、『人は人を殺してはならない』と
 いったものを含むものであって、1人の男が家族を支配するための
 瑣末(さまつ)で恣意(しい)的なルールだけを指しているわけ
 ではない。こうした『父の掟』に従って生きる他ない自己を認識
 すること、それによって子どもは人間のひとりになる」

 「少年たちによる反社会的行為の大半は『父=掟』の探索という
 意味を持つと思う。家の中に父(掟)がいない子がそれを探し
 まわり、ついには国家権力という掟にぶつかるというのが非行の
 本質なのだろう」
 
 「しかし罰が心の糧になるように受け入れられるためには、罰の
 意味を説くやさしい父が必要で、既述のように、その役割は得て
 して母によって引き受けられることが多い」

 「1997年2月から5月にかけて、神戸市須磨区で発生した、
 小学生連続殺傷事件の加害者の少年(当時)についても、私は
 あれを『父親探し』だったのだと考えている。最後の事件で校門に
 さらした学童の首に加害者の少年は『挑戦状』を銜えさせた。
 そしてその一週間後に新聞社宛てに『挑戦状』を送った」
 
 「『さあゲームの始まりです愚鈍な警察諸君ボクを止めてみたまえ』
 という挑戦状冒頭の一句は、私には『早く捕まえてよ、僕を止め
 てよ』という悲鳴のように読める」
 
 「私はこの少年が意識からは排除していた父を必死で捜していた
 ものだと考えている」

 「Aはたびたび自分を『罪深い者』と語っているというが、この
 罪悪感の根源に父を見ておかないと、彼についての物語の中から、
 最も重要な存在が消えてしまう」
 
 「酒鬼薔薇聖斗が、挑発し愚弄して止まない学校、社会、警察
 とはすべて父のメタファー(隠喩)である」
 
 「少年Aは父を恐れて回避し、酒鬼薔薇聖斗は社会を挑発し愚弄
 するという構図である。そして酒鬼薔薇の暴虐の結果としての
 処罰を受けるのは少年A、彼はそれを無意識のうちに必要として
 いたはずである」
 
 「少年Aはなぜ家庭内暴力に入らなかったのか、と問う人がいる。
 以上を考えれば、Aにそのゆとりはなかったことが理解されるで
 あろう。母への愛着もさることながら、生身の少年Aにとって、
 父は単なる『不在の父』ではなかった、得も言えず恐ろしい人で
 あったのだと私は思う」

 「Aの母は、この夫への不満や怒りをAに向け、そうした気持ちの
 高まりの中でAの気質の矯正を考えてたのかも知れない。こう
 なると、単に兄弟げんかを叱られる兄の話ではなくなってくる」

 「彼の母は、少年Aの気質(内気、消極的、おとなしい、しかし
 短気)の中に夫(つまり少年Aの父親)とよく似たものを認め、
 それを矯正しようとしたのではないか」
 
 「つまり、母親は父親に物足りなさと嫌悪を感じていて、それが
 Aの養育に影響したのではないかと推測するわけである」
 
 「もしそうであれば。Aはその気質が顔をのぞかせ始めたごく
 幼いうちから、この夫婦の葛藤の中に投げ込まれていたという
 ことになる」
 
 「母の怒りや無視に直面した子はかえってその母にまとわりつく。
 子は母への密着を維持しようとあらゆる努力を惜しまなくなり、
 その過程で母に迎合し、その価値観を無批判に取り入れることに
 なりやすい」
 
 「その母の価値観の中に自分自身の『生の無意味さ(僕なんか
 生きていてもしかたがない)』が含まれているとしたら恐ろしい」
 
 「こうした密着した二人関係の中でこそ、親の支配と子の隷従は
 危険なものになる。こうした関係は、それ自体が暴力的なのだから、
 もはや身体的暴力もネグレクト(無視)も必要ではない」
 
 「私はかねてから、この種の『やさいし暴力』(情緒的虐待として
 定義されているものより広く、周囲に見えにくい)こそ、児童
 虐待の本質ではないかと考えている」

 「こうした融合的二者関係が成立し、長引く原因の一端は父親に
 ある。前に書いたように『父なる者』とは、このような母子融合を
 切断するという役割を担うものだからである」
 
 「子どもはそのような父を見て、母と我が身を一体化する子宮回帰
 (その究極な形は死である)の誘惑を断念できるようになる」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 特にありません 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●「少年Aの家庭環境」とはどのようなものだったのでしょうか?

▽この本を読んでいたときに、偶然にも神戸連続幼児殺傷事件の
 犯人である少年Aのことが書かれていました。
 
 ちょうど、
 「少年A 14歳の肖像」(高山文彦著)
 「「少年A」この子を生んで……」(「少年A」の父母著)
 「淳」(土師守著)
 と読んできたところだったので、家族の人間関係に詳しい精神
 科医の分析を興味深く読ませてもらいました。
 
 「「少年A」この子を生んで……」を読んでみても、少年Aの
 精神が形成されるに至った家庭の状況というのがはっきりと分かり
 ません。
 
 「少年A 14歳の肖像」は第3者が書いた本ですが、これには
 幼少期の母親の厳しい躾が原因だと書いてありました。
 
 しかし、母親の厳しい躾といっても、それぐらいの躾でしたら
 どこの家庭でも存在するものです。
 
 納得はしつつも、もっと他に何らかの原因があるのではないかと
 なんとなく考えていたところ、偶然この本に少年Aのことが書か
 れているのを発見したのです。
 
▽この本は、「男性がどう生きるべきか」を書いた本です。

 したがって、男性の家庭における役割というのが書かれている
 わけですが、その中に「父の掟」というのがあります。
 
 著者は言います。
 
 「『父の掟』とは『日は東から昇り西に沈むものであって、決して
 その逆は起こらない』とか、『人は人を殺してはならない』と
 いったものを含むものであって、1人の男が家族を支配するための
 瑣末(さまつ)で恣意(しい)的なルールだけを指しているわけ
 ではない。こうした『父の掟』に従って生きる他ない自己を認識
 すること、それによって子どもは人間のひとりになる」
 
 父の掟とは、人間社会の基本的なルールのことです。
 
 父親の役割は、その掟を子どもたちに教えることにあります。
 
 当然父親本人が「掟」を理解してないと教えることはできません。
 
▽また、著者は言います。

 「少年たちによる反社会的行為の大半は『父=掟』の探索という
 意味を持つと思う。家の中に父(掟)がいない子がそれを探し
 まわり、ついには国家権力という掟にぶつかるというのが非行の
 本質なのだろう」
 
 「しかし罰が心の糧になるように受け入れられるためには、罰の
 意味を説くやさしい父が必要で、既述のように、その役割は得て
 して母によって引き受けられることが多い」
 
 人間社会を普通に生きるには、「父の掟」が必要なのです。
 
▽そして、著者は神戸で起きた少年Aの事件について、次のように
 書いています。
 
 「1997年2月から5月にかけて、神戸市須磨区で発生した、
 小学生連続殺傷事件の加害者の少年(当時)についても、私は
 あれを『父親探し』だったのだと考えている。最後の事件で校門に
 さらした学童の首に加害者の少年は『挑戦状』を銜えさせた。
 そしてその一週間後に新聞社宛てに『挑戦状』を送った」
 
 「『さあゲームの始まりです愚鈍な警察諸君ボクを止めてみたまえ』
 という挑戦状冒頭の一句は、私には『早く捕まえてよ、僕を止め
 てよ』という悲鳴のように読める」
 
 「私はこの少年が意識からは排除していた父を必死で捜していた
 ものだと考えている」
 
 なるほど、「父の役割」のことを考えるとそういうことになるの
 ですね。
 
 母親の厳しい躾がその原因のように言われます。
 
 それも原因の一つではありますが、もっと深いところでは、
 「父親探し」をしていたみたいです。
 
 著者は言います。
 
 「Aはたびたび自分を『罪深い者』と語っているというが、この
 罪悪感の根源に父を見ておかないと、彼についての物語の中から、
 最も重要な存在が消えてしまう」
 
 「酒鬼薔薇聖斗が、挑発し愚弄して止まない学校、社会、警察
 とはすべて父のメタファー(隠喩)である」
 
 「少年Aは父を恐れて回避し、酒鬼薔薇聖斗は社会を挑発し愚弄
 するという構図である。そして酒鬼薔薇の暴虐の結果としての
 処罰を受けるのは少年A、彼はそれを無意識のうちに必要として
 いたはずである」
 
 「少年Aはなぜ家庭内暴力に入らなかったのか、と問う人がいる。
 以上を考えれば、Aにそのゆとりはなかったことが理解されるで
 あろう。母への愛着もさることながら、生身の少年Aにとって、
 父は単なる『不在の父』ではなかった、得も言えず恐ろしい人で
 あったのだと私は思う」
 
 少年Aにとって、父親は恐ろしい存在だったのです。
 
 事実、父親は普段は無口でおとなしい人だったのですが、怒ると
 怖かったみたいです。
 
 そして、この父親は、自分で少年Aのことを「自分に似ている」と
 思っていたそうです。
 
▽そして、母親もそう思っていたみたいです。
 
 また、母親は少年Aを「普段はおとなしいのに、怒り出すと手が
 つけられなくなる」とも考えていたそうで、そうなると、父親と
 少年Aはよく似ていることになります。
 
 著者は言います。
 
 「Aの母は、この夫への不満や怒りをAに向け、そうした気持ちの
 高まりの中でAの気質の矯正を考えてたのかも知れない。こう
 なると、単に兄弟げんかを叱られる兄の話ではなくなってくる」
 
 少年Aの母親が少年Aを叱るとき、そこに自分の夫を見ていると
 なると、これは教育とか躾とかではすまなくなります。
 
 著者はこの部分をさらに次のように解説しています。
 
 少し長いですが引用します。
 
 「彼の母は、少年Aの気質(内気、消極的、おとなしい、しかし
 短気)の中に夫(つまり少年Aの父親)とよく似たものを認め、
 それを矯正しようとしたのではないか」
 
 「つまり、母親は父親に物足りなさと嫌悪を感じていて、それが
 Aの養育に影響したのではないかと推測するわけである」
 
 「もしそうであれば。Aはその気質が顔をのぞかせ始めたごく
 幼いうちから、この夫婦の葛藤の中に投げ込まれていたという
 ことになる」
 
 「母の怒りや無視に直面した子はかえってその母にまとわりつく。
 子は母への密着を維持しようとあらゆる努力を惜しまなくなり、
 その過程で母に迎合し、その価値観を無批判に取り入れることに
 なりやすい」
 
 「その母の価値観の中に自分自身の『生の無意味さ(僕なんか
 生きていてもしかたがない)』が含まれているとしたら恐ろしい」
 
 「こうした密着した二人関係の中でこそ、親の支配と子の隷従は
 危険なものになる。こうした関係は、それ自体が暴力的なのだから、
 もはや身体的暴力もネグレクト(無視)も必要ではない」
 
 「私はかねてから、この種の『やさいし暴力』(情緒的虐待として
 定義されているものより広く、周囲に見えにくい)こそ、児童
 虐待の本質ではないかと考えている」
 
 少年Aは母親の価値観、つまり、自分の夫の気質を嫌悪している
 ということを無批判に取り入れながら育ったということになります。
 
 こうなると、少年Aは混乱し自分が分からなくなります。
 
 どちらも自分にとっては神様のような父親と母親なのに、片方が
 片方を否定していると、子どもはどうしていいか分からなくなる
 のです。
 
▽では、どうすればいいのでしょうか?

 著者は言います。
 
 「こうした融合的二者関係が成立し、長引く原因の一端は父親に
 ある。前に書いたように『父なる者』とは、このような母子融合を
 切断するという役割を担うものだからである」
 
 「子どもはそのような父を見て、母と我が身を一体化する子宮回帰
 (その究極な形は死である)の誘惑を断念できるようになる」
 
 父親は重要な存在なのです。





 今回は、少年Aの親子関係の解説を中心に紹介しました。
 
 少年Aの犯罪は「父親の不在」が原因で、しかも、その父親は
 少年Aにとって、「恐ろしい存在」だったと解説されています。
 
 真実は誰にも分からず、おそらく少年Aにも分からず、その両親
 にも分からないと思われます。
 
 ただ、長年似たようなケースをいくつも経験してきた著者による
 分析には重みがあります。
 
 
 家族の人間関係はなかなか奥が深いです。



男の勘ちがい
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 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:男の勘ちがい
 著者:斎藤学
 出版:毎日新聞社
 定価:1238円+税
 購入:ブックオフで700円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4620317012/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1696465%2f



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 第1章 逃げる男と逃げない男
 第2章 男に足りないもの
 第3章 男たちと世間
 第4章 虐待する男たち
 第5章 男は脆いよ
 第6章 男たちの結婚
 第7章 父親してるか?男たち
 第8章 男児から男へ
 第9章 大人の男として生きたい



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■■□
 勇気  :■■■□□
 豊かな心:■■■□□
 おすすめ:■■■■□



 この本は2004年7月に出版されています。
 
 著者は精神科医で、アルコール依存、児童虐待、過食症、拒食症
 問題などに長年取り組み、治療方法として、自助グループで語る
 手法を日本に広めた第一人者、と紹介されています。
 
 著書も多数あります。
 
 このメルマガでも何度か紹介しています。
 



 家庭での男性の役割とは、どのようなものなのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)子どもを虐待する父親とは?



 父親が子どもを虐待する理由とは何なのでしょうか。



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)子どもを虐待する父親とは?

 「女と子どもという弱者を守るのが男にせっかく与えられた
 『生き甲斐』というものなのに、その弱者をいじめてしまうもの
 が多い。世間の義理が女につくすのを妨げる事があるのは確かだが、
 それ以前のところで男をやれなくなっている男達がめずらしく
 ないのである」
 
 「彼らは女ではないが、男でもない、要するに『子どもの男』
 である。まず自分こそ保護されるべきだと彼らは思っているので、
 女に恋心を持てばその女性が自分を何よりも大切に思ってくれる
 はずと考えてしまう」
 
 「恋する女性を母親にしてしまうから女のほうは堪らない。
 『やめてよ、私、あなたのママじゃないのよ』などと言っている
 うちに鉄拳の嵐を浴びることになる」

 「こうした男を捕まえて『なぜ殴る?』と問えば、『ボク悪くない、
 だって』とアレコレ殴った理由を並べる。それ自体が恥ずかしい
 ことだという認識がないのは、そういう『子ども男』の父親が
 やはり『子ども男』で、母親を殴るのを見て育ったからである。
 母親がいい年をした男をいつまでも子ども扱いするのもいけない」

 「男児を虐待する父親の多くは子どもに嫉妬しているのである。
 もちろん、男児を大人としてのライバルとみなしているのでは
 ない。自分も子どもなのでママのオッパイの取り合いをしてしまう
 のである。そうしておいて、これを『躾』と呼ぼうとするから
 ずるい」
 
 「『躾』とは、子どもの無力につけこんで自分勝手な屁理屈を
 押しつけることではない。『子ども男』である暴力父親に『躾
 られた』男児は、大人になると暴力夫になる」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 大人の男について考えてみよう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●「子どもを虐待する父親」とはどのような男性なのでしょうか?

▽世の中には、自分の子どもを虐待する親がいます。

 親になってみると分かりますが、確かに子どもを育てるという
 ことはストレスが溜まることでもあります。
 
 自分の子どもといっても自分とは別個の存在なので、彼らは言う
 ことを聞きませんし、親の嫌がることをします。
 
 それが普通です。
 
 親の言うことを聞かないことが普通だと思っていても、ストレスは
 溜まります。
 
▽特に母親の場合、子どもが小さい時は、近くにいることが多いため、
 母親は相当なストレスにさらされることになります。
 
 そこから、「児童虐待」に走ってしまうケースが多々あるみたい
 です。
 
 そこで、父親の出番になるのです。
 
 父親は、自分の家庭を守ることが仕事です。
 
 母親の日々のストレスを発散させるために話を聴いてあげたり、
 積極的に子育てに参加することによって、少しでも母親を支え、
 子どもを愛することが、父親の仕事になります。
 
 しかし、著者によるとそれを勘違いしている男性が多いとのこと。
 
 著者は言います。
 
 「女と子どもという弱者を守るのが男にせっかく与えられた
 『生き甲斐』というものなのに、その弱者をいじめてしまうもの
 が多い。世間の義理が女につくすのを妨げる事があるのは確かだが、
 それ以前のところで男をやれなくなっている男達がめずらしく
 ないのである」
 
 「彼らは女ではないが、男でもない、要するに『子どもの男』
 である。まず自分こそ保護されるべきだと彼らは思っているので、
 女に恋心を持てばその女性が自分を何よりも大切に思ってくれる
 はずと考えてしまう」
 
 「恋する女性を母親にしてしまうから女のほうは堪らない。
 『やめてよ、私、あなたのママじゃないのよ』などと言っている
 うちに鉄拳の嵐を浴びることになる」
 
 「子どもの男」とはよく言ったものです。
 
 先程も書きましたが、家族内での父親の仕事は、自分の妻と
 子どもを守ることです。
 
 外から持ち込まれる問題もそうですし、家庭内で起こるさまざまな
 問題を解決していくのが父親の仕事です。
 
 それなのに、結婚した女性を自分の母親の代わりとして扱う男性が
 多いそうです。
 
 これは、女性にとっては本当に堪らないでしょうね。
 
 しかも、そういう男性は女性に暴力を振るう場合があるそうです。
 
 最近よく聞くようになった、DV(ドメスティックバイオレンス)
 がそうです。
 
 暴力を振るう男性は、「子どもの男」なのです。
 
 著者は言います。
 
 「こうした男を捕まえて『なぜ殴る?』と問えば、『ボク悪くない、
 だって』とアレコレ殴った理由を並べる。それ自体が恥ずかしい
 ことだという認識がないのは、そういう『子ども男』の父親が
 やはり『子ども男』で、母親を殴るのを見て育ったからである。
 母親がいい年をした男をいつまでも子ども扱いするのもいけない」
 
 日本はマザコンの国だと言われます。
 
 大人になった男性でも、母親ベッタリである場合が多いのです。
 
 母親にしてみると、自分の子どもが何歳になっても、どうしても
 「子ども」として扱ってしまうというのがあるからだと思います。
 
 日本の男性の成熟が進まないのは、もちろん男性自身の責任でも
 ありますが、女性がもっと厳しく自分の息子を大人の男として育て
 ないからでもあるのです。
 
▽男児を虐待する父親がいます。
 
 自分の子どもに暴力を振るうというのも、本人は「教育」とか
 「躾」などど言い訳する場合もあるそうですが、ほとんどの場合、
 理由は一つのようです。
 
 「男児を虐待する父親の多くは子どもに嫉妬しているのである。
 もちろん、男児を大人としてのライバルとみなしているのでは
 ない。自分も子どもなのでママのオッパイの取り合いをしてしまう
 のである。そうしておいて、これを『躾』と呼ぼうとするから
 ずるい」
 
 「『躾』とは、子どもの無力につけこんで自分勝手な屁理屈を
 押しつけることではない。『子ども男』である暴力父親に『躾
 られた』男児は、大人になると暴力夫になる」
 
 自分の子どもを虐待する父親は、ママのオッパイの取り合いを
 しているだけだったのです。
 
 暴力を振るう男性も、こう言われると恥ずかしいですね。
 
 継父に虐待されるパターンがありがちなのは、そういう理由
 だったのです。
 
 自分のことを省みてみると、自分の子どもに嫉妬はしてないみたい
 です。
 
 大人の男ということなのでしょうか。





 この本は、毎日新聞に連載されていたコラムを1冊の本にした
 ものです。
 
 したがって、話が多岐にわたっています。
 
 主題は「男性の生き方」なので、男子として父親としてために
 なることがたくさん書かれています。
 
 次回、もう一度この本の別の部分を紹介します。



──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:淳
 著者:土師守
 出版:新潮社
 定価:438円+税
 購入:ブックオフで105円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/410133031X/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1448133%2f



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 誕生と成長
 永遠の別れ
 変わり果てた姿
 捜査
 犯人逮捕
 少年と人権
 不信
 報道被害
 少年法
 供述調書
 卒業、そして一周忌



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 ▼本の成分解析
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 知恵  :■■■□□
 勇気  :■□□□□
 豊かな心:■■■■□
 おすすめ:■■■■□



 この本は平成14年6月に出版されています。
 
 平成10年9月に単行本が出版され、その文庫版になります。
 
 著者は、神戸連続幼児殺傷事件の被害者の父親です。



 悲劇をどの様に乗り越えてきたのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
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 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)少年犯罪被害者の親の心情とは?



 耐えられるものなのでしょうか?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
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 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)少年犯罪被害者の親の心情とは?

 「少年だから犯罪は許されるのでしょうか。少年が犯人だと
 わかったら淳は生き返るのでしょうか。少年の人権、犯罪者の
 人権擁護をいうあまり、本当に守らなければならない真の『人権』
 というものを社会全体が見失っているのではないでしょうか」
 
 「最初に社会全体で守っていかなければならないのは誰なので
 しょうか。それは普通に、そして平穏に暮らしている一般の人々の
 はずです」

 「A少年には、多くの弁護士が付添人としてつきました。そして、
 『鑑別所への送致』『取り調べ時間の短縮』などの主張を行いま
 した」
 
 「しかし、これらの付添人に方々には、もっと被害者のことも
 考慮して欲しいと思います。人が殺されているという現実の重さを、
 第一に考えて欲しいのです」

 「少なくとも、真っ先に私たちの前に両親はやってくるべきだった
 と思います。それが人間として、最初にやるべき事だったと思って
 います」



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 ★今日から実行すること
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 【 特にありません 】



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 ●もっと知りたい方のために
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●「少年犯罪被害者の親の心情」とはどのようなものなのでしょうか?

▽前回、神戸連続幼児殺傷事件の犯人「少年A」の父母が書いた、
 「少年Aこの子を生んで……」という本を紹介しました。
 
 その本と同時に購入したのが、今回紹介する本です。
 
 この事件の被害者の一人、土師淳君の父親が書いています。
 
 子どもを3人持つ父親として、その気持ちは分からなくはないと
 言いたいですが、おそらく私の想像を遙かに超える苦痛だと思い
 ます。
 
 何の罪もない我が子が、何の理由もなく理不尽にも殺されて
 しまったとしたら、犯人に対する憎悪はすさまじいものがあると
 思います。
 
 しかも、この事件の犯人は逮捕当時14歳。
 
 「少年法」によって守られています。
 
▽私も以前から、この少年法という法律の意味が良く分からなかった
 のです。
 
 少年法に限らず、日本の法律では犯人、つまり「加害者」の人権が
 手厚く守られています。
 
 これに関しては、ある程度仕方がないかなと思っています。
 
 しかも、少年法になると、犯人の人権はもっと手厚く守られます。
 
 裁判は非公開で、事件の調書や裁判記録を読むことすらできません。
 (現在は少し改正されているようですが...)
 
 つまり、被害者の家族は、自分の家族がなぜ殺されなければならな
 かったのか、どのような状況で、どの様な心理状態だったのか、
 どのような生い立ちだったのか、それを知ることが一切できない
 のです。
 
▽例えば、万引きをしたとか、覚醒剤を使用したとか、被害者の
 いない犯罪の場合、もしくは被害者がいてもごく軽い犯罪の場合は、
 少年法の意味があるかもしれません。
 
 しかし、被害者が殺されたとか、傷ついたとかいった場合は、
 成人が起こす犯罪と同じに扱わなければならないと思います。
 
 大人と子どもの境界線が難しいですが、大人と同じ罪を追うべき
 だと思います。
 
 私の考えでは、小学校高学年、4、5年生くらいからは自分の
 行動に責任を持つべきだと思います。
 
 そして、当然その親にも育ててきた責任があります。
 
 実刑という形ではないにしても、その親の責任は生きている限り
 一生続くと思います。
 
▽また、「被害者」の人権の養護に関しては何の法律もありません。
 
 日本という国は、被害者とその家族の人権を守る法律がないのです。
 
 著者も同じ考えを持っているようです。
 
 著者は、事件が起きてから、犯罪による被害の他に、マスコミに
 よる人権蹂躙の被害に遭い、そして犯人が逮捕されてからも、
 事件の詳細が一切分からない、という二重三重の被害に遭ってい
 ます。
 
 著者は言います。
 
 「少年だから犯罪は許されるのでしょうか。少年が犯人だと
 わかったら淳は生き返るのでしょうか。少年の人権、犯罪者の
 人権擁護をいうあまり、本当に守らなければならない真の『人権』
 というものを社会全体が見失っているのではないでしょうか」
 
 「最初に社会全体で守っていかなければならないのは誰なので
 しょうか。それは普通に、そして平穏に暮らしている一般の人々の
 はずです」
 
 私も同感です。
 
 「少年だから」という理由で犯罪を許しているから、罪を犯す
 少年は「つかまっても罪に問われない」ということを十分承知の
 上で犯行に及んでいる場合もあります。
 
 少年法を逆手に取って犯行に及んでいるという、許せない人間も
 います。
 
 全ての少年犯罪がそうではないと思いますが、罪は罪です。
 
 少年の更生も大切かもしれませんが、その前に被害者側の人権と
 心情を理解すべきだと思います。
 
 「少年だから...」なんて言い訳は絶対に許されるべきでは
 ありません。
 
 著者は言います。
 
 「A少年には、多くの弁護士が付添人としてつきました。そして、
 『鑑別所への送致』『取り調べ時間の短縮』などの主張を行いま
 した」
 
 「しかし、これらの付添人に方々には、もっと被害者のことも
 考慮して欲しいと思います。人が殺されているという現実の重さを、
 第一に考えて欲しいのです」
 
 少年Aには国選弁護人として、国民の税金で弁護士が何人もついた
 ようです。
 
 しかし、被害者の遺族は自分でお金を出さないと自分の弁護士を
 付けることもできず、警察の取り調べ、マスコミの報道被害から
 身を守ることすらできません。
 
 例え少年といえども、保護する前に自分が犯した罪を自覚する
 べきだと思います。
 
 個人的な意見を言わせてもらうと、犯した罪の内容にもよりますが、
 例え少年であったとしても、大人と同じ罪の償いをすべきだと
 思います。
 
▽著者は、少年Aの両親についても、不信をあらわにしています。

 少年Aの両親は、逮捕後からこれまで(おそらく現在も)被害者
 の元に訪れ謝罪をしていないのです。
 
 「少年Aこの子を生んで……」の中では、延々と謝罪の言葉が
 語られていました。
 
 しかし、被害者と被害者の遺族に対しては、直接謝罪したわけでは
 ありません。
 
 少年Aの両親は、おそらく被害者の気持ちになって考えることが
 できない人たちなのです。
 
 そのことは、著者の次の言葉に表れています。
 
 「少なくとも、真っ先に私たちの前に両親はやってくるべきだった
 と思います。それが人間として、最初にやるべき事だったと思って
 います」
 
 自分の子どもが犯罪を犯した場合、犯人が何歳であったとしても、
 それは親の責任です。
 
 例え、子どもが自立していたとしてもです。
 
 そして、育ててきた責任に対する謝罪をするべきだと思います。
 
 民事訴訟等の裁判に関しては、子どもが自立していれば、親が
 責任を取る必要は無いと思います。
 
 ただ、被害者に対して真っ先に謝罪をすべきだと思います。
 
 少年Aの両親から書面での謝罪はあったみたいです。
 
 しかし、いくら書面で謝罪の言葉を述べても、気持ちは伝わりません。
 
 しかも、もう一人の被害者の女の子の遺族にも、一字一句違わない
 全く同じ文面の書面での謝罪があったそうです。
 
 名前だけ違っていたと...
 
 誰かに言われて書かされたとしか思えない文面だったようです。
 
 他人の気持ちが分からない人だとしか思えないです。
 
 絶対にあってほしくないですが、著者と同じ立場になったとき、
 はたして私に耐えられるかどうか...





 この本は、著者の気持ちが淡々と語られてますが、世の中の理不尽な
 ことに対する怒りがふつふつと感じられます。
 
 著者の怒りは3つのことに向けられています。
 
 ひとつは加害者の少年Aとその両親。
 
 ひとつはマスコミによる被害者の人権を蹂躙する報道被害。
 
 もう一つは理不尽な少年法です。
 
 どれに対しても、言葉を選んで冷静に書かれています。
 
 私には、著者がとても大人に感じられます。
 
 おそらく私にはマネできません。
 
 その前に、マネするような事態にはなりたくないです。



「少年A」この子を生んで……―父と母悔恨の手記
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 ◆今日読んだ本
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 題名:「少年A」この子を生んで……
 副題:父と母悔恨の手記
 著者:「少年A」の父母
 出版:文藝春秋
 定価:514円+税
 購入:ブックオフで300円



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 ◆今日の本 購入情報
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 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4167656094/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1356421%2f



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 ◆本の目次
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 一章 被害者とそのご家族の皆様へ−父の手記
 二章 息子が「酒鬼薔薇聖斗」だと知ったとき−母の手記
 三章 逮捕前後の息子Aと私達−父の日記と手記
 四章 小学校までの息子A−母の育児日誌と手記
 五章 中学校に入ってからのA−母の手記
 六章 Aの「精神鑑定書」を読み終えて−母の手記



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 ▼本の成分解析
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 知恵  :■■□□□
 勇気  :□□□□□
 豊かな心:□□□□□
 おすすめ:■■□□□



 この本は、2001年7月に出版されています。
 
 単行本が1999年四月に出版されていて、その文庫版になります。
 
 著者は、神戸連続児童殺傷事件の犯人、少年Aの両親です、



 なぜ少年Aができてしまったのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
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 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)少年Aはどのように育ってきたのか?



 何か特別なことがあったのでしょうか?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)少年Aはどのように育ってきたのか?

 今回は「もっと知りたい方のために」をご覧下さい。




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 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 特にありません 】



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 ●もっと知りたい方のために
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●「少年Aはどのように育ってきた」のでしょうか?

▽Vol.354〜355(4/30〜5/1)で、「14歳の肖像(高山文彦著)」
 という本を紹介しました。
 
 この本は、1997年2月〜同年5月に神戸で起きた、神戸連続
 児童殺傷事件の犯人「少年A」のことを書いた本です。
 
 事件の背景にある、親子の人間関係が知りたくて読んでみた本です。
 
 そこには、少年Aが1歳の頃から母親による厳しい躾が行われ、
 小学校のある時期までは、唯一の逃げ場が祖母だったということが
 書いてありました。
 
 また、父親は普段はおとなしいけれど、突然火がついたように
 怒り出すような人だったと書かれています。
 
 少年Aの供述や精神鑑定の結果から上記のような結論にいたった
 のだと思われます。
 
 そして、それはほぼ間違いのない事実だと思われます。
 
 少なくとも、少年Aはそのように感じている訳で、少年Aを育てた
 両親にも当然その責任はあると思います。
 
▽しかし、事実を元にしているとはいえ、この本は第三者が書いた
 ものです。
 
 実際、少年Aの両親は、少年Aの犯罪をどのように自覚していて、
 自分たちの教育をどのように反省をしているのでしょうか?
 
 少年Aの両親が書いた本が今回紹介する本です。
 
▽読んでみて、最初に感じたことは、「本当?うそでしょ?」という
 ことでした。(当然、真実が書かれていることが前提となりますが...)
 
 少年Aの両親は、少年Aが逮捕されるまで、全く少年Aの行動に
 「気が付かなかった。おかしなところはなかった」と書いています。
 
 少年Aが祖母が亡くなった小学4年生の終わり頃から、カエルや
 ナメクジの解剖を始めます。
 
 それは次第にエスカレートし、猫を解剖するまでに至ります。
 
 そして、最終的に人間を殺す所までたどり着いてしまうのですが、
 その間4年〜5年、自分の子どもがおかしいとは気が付いていま
 せん。
 
 小学校高学年から、様々な問題行動を起こすようになり、学校や
 警察にも何度も呼び出されます。
 
 それでも、両親は少年Aをかばいます。
 
 自分の子どもをかばい、信じてあげるのは親として当然のことでは
 あるのですか、その信じ方がどうも一方的なのです。
 
 「自分の息子は悪くない。息子以外の『何か』が悪いのだ」という
 信じ方なのです。
 
 例えば、中学生になったときに、少年Aは友人3人と同じクラスの
 女の子の体育館用のシューズを燃やした上に、その女の子のカバンを
 男子トイレに隠すという問題を起こしたことがありす。
 
 そのとき、少年Aの母親は学校に呼び出され、女の子のお母さんの
 前で「女の子は口が達者やから」と発言したそうです。
 
 それにも、「親の悪口を言われたから」という理由があったらしく、
 この本にもその「言い訳」が書かれています。
 
 この本には「無神経だった」と母親は反省の言葉を書いていますが、
 このような場面で出てくる言葉というのは、おそらく本心が出て
 います。
 
 本心とは「我が子は悪くない。問題を起こしたのは他に何か原因が
 あるからだ」というものです。
 
 何度も何度も少年Aが問題を起こすたびに、母親は「他に何か
 原因が...」ということが書かれています。
 
 「この子は繊細で、環境の変化に適応できない」とか
 「脳に腫瘍ができているのでは」とか
 
 少年Aが起こす問題が、少年A自体に問題があるわけではなく、
 どこか別の所に原因を求めているような気がします。
 
▽少年Aが小学校から4、5年に渡り、猫を殺していたという事実を、
 両親は全く知りませんでした。
 
 両親以外の周りの人間はほとんどが少年Aの異常さに気がついて
 いたにも関わらず、両親はその事実を知らなかったのです。
 
 連続通り魔事件が起きた時点で、少年Aを知っている人たちは、
 少年Aが犯人だと思っていたようです。
 
 警察も、捜査の初期段階でそれは分かっていたみたいです。
 
 それなのに、両親が全く少年Aの異常さに気が付いていないという
 ことがありえるのでしょうか。
 
 確かに、小学校高学年からは年齢的に思春期に入ります。
 
 親に何らかの秘密ができて当たり前の年齢になります。
 
 それを差し引いて考えてみても、分からないものなのでしょうか?
 
 父親は、典型的な日本の父親のようで、子育てにはあまり参加
 しなかったみたいで、気が付かなくても仕方がないかもしれません。
 
 しかし、母親は気が付いてもよさそうなものです。
 
 しかも、少年Aが思春期に入っているにもかかわらず、やけに
 介入し過ぎるような気がします。
 
 介入せざるおえないような問題行動を起こしていたからかもしれ
 ませんが、それにしても深入りし過ぎのような気がします。
 
▽母親の教育に関しても、自ら書いていますが、これはあまり参考
 にはならないと思います。
 
 自分では間違っていないと思っている人が書いているので、おそ
 らく都合の悪い部分は書いていないと思うし、事実、読んでみても、
 ごく普通の家庭で行われているような教育がされているだけに
 しか読みとれません。
 
 次男が年子で生まれ、その2年後に三男が生まれているので、
 確かに長男には幼少の頃から厳しかったようです。
 
 ただ、その教育方針は少年Aだけではなく、他の兄弟も同じように
 接していたそうで、本を読む限り、どこの家庭でもありがちな
 教育環境にしか思えません。
 
 同じような家族構成の家庭であれば、同じような教育になりそうな
 気がする文面です。
 
 これと言って、凶悪犯罪を犯す子どもが出来るような家庭環境では
 ないような気がします。
 
 依存症や精神病関係の本を読むと、もっと悲惨な家庭環境で育った
 子どももたくさんいます。
 
 結局読んでみても、何が原因か分かりませんでした。





 この本は、少年Aの両親が書いた手記ですが、やはり当事者が
 書いた本はあまり参考にならないのでしょうか?
 
 第三者が書いている内容と、事件の当事者が書いた本の温度差が
 かなりあるような気がします。
 
 親としての責任の取り方も全く参考にはなりません。
 
 少年Aの父母は、まだ直接被害者のところへ行って謝罪をして
 いないようです。
 
 事件が起きてから一度も顔を見せていないようです。
 
 少年Aが復帰してから連れて行こうとしているようですが、それは
 少年Aの責任であって、両親の責任は別にあると思います。
 
 その責任を全く果たしていないような気がします。
 
 何だか、釈然としない内容の本です。



死ぬことが人生の終わりではないインディアンの生きかた
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
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 題名:死ぬことが人生の終わりではないインディアンの生きかた
 著者:加藤諦三
 出版:ニッポン放送プロジェクト
 定価:1143円+税
 購入:ブックオフで105円



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 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4594032877/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1384821%2f



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 ◆本の目次
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 第1章 アメリカインディアンにとって生きるということ
 第2章 アメリカインディアンにとって死ぬということ
 第3章 アメリカインディアンにとって自然という存在



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 ▼本の成分解析
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 知恵  :■■■□□
 勇気  :■■□□□
 豊かな心:■■□□□
 おすすめ:■■■□□



 この本は平成13年10月に出版されています。
 
 著者はこのメルマガでもよく登場する加藤諦三さんです。
 
 早稲田大学の教授です。
 
 著書も多数あります。



 生きることと死ぬことが理解できると、人生も理解できそうな
 気がします。



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)死ぬこととはどういうことなのか?



 インディアンにとって、死ぬこととはどういうことなのでしょうか?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)死ぬこととはどういうことなのか?

 「あなたがうまれたときにあなたは泣いている。そして周囲の人は
 喜んでいる。そして、あなたが死んだときには周囲の人が泣き、
 あなたは喜んでいるような人生を生きなさい」

 「多くの私達現代人は本当の自分を偽って生きているものです。
 だから、死ぬときに惨めなのです。だからアメリカインディアン
 のように安らかに生き、安らかに死ねないのです」
 
 「『あなたは喜んでいるような人生を生きなさい』とは、やる
 だけやった満足感を持って死になさいということです」

 「私達は死を前にして、きっと自分の今までの生き方の精算を
 迫られるのでしょう。ただで電車に乗ってきたものは、最後の死
 という駅の改札口で運賃を精算しなければならないのです」
 
 「改札口を出るためには『私はこうして耐えてきました』とか
 『私はこうして頑張って生きてきました』とか『私はこんなに
 立派に生きてきました』ではダメに違いありません。おそらく、
 そのままでは改札口を通してもらえないでしょう」
 
 「なぜなら、これらのセリフには恨みがあります。これは憎しみの
 セリフなのです」

 「改札口を通してもらうためには、『私はこうして生きてきました。
 後悔していません』というセリフを言えなければなりません。
 『誰をも恨んでいない、誰をも憎んでいない、自分は精一杯生きて
 きた』、これなら改札口を通れるに違いありません」

 「人に寄生して生きてきた人、手抜きをして生きてきた人、自分を
 だまし、人をだまして生きてきた人、そのような人々もそのまま
 改札口を出られません。払うべきものをはらわなければ出られ
 ないのです」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 後悔しないように生きよう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●「死ぬこととはどういうこと」なのでしょうか?

▽最近、生と死に関する本を読む機会がたくさんあります。

 親子の人間関係や、スピリチュアル系の本等、読んでいる本が
 生と死に関係することが多いからだと思います。
 
 先日紹介した山崎章郎さんの「病院で死ぬということ」も、人間の
 死に関する本でした。
 
 生とはこの世での始まりです。
 
 そして死とは、この世での終わりではありますが、魂にとっては
 新たな始まりでもあります。
 
 新たな始まりというよりも、単なる途中経過なのです。
 
▽死に関する考え方は、人それぞれだと思います。
 
 自分が生きてきた環境(国や地域)や、所属していた宗教、家庭
 によって、考え方がそれぞれ違うと思います。
 
 いずれにしろ、死を考えるということは、生を考えることになる
 ようです。
 
 つまり「いかに生きるか」というテーマが、「いかに死ぬか」と
 いうことにつながっているのです。
 
▽アメリカのインディアンの古い格言に次のようなものがあるそう
 です。
 
 「あなたがうまれたときにあなたは泣いている。そして周囲の人は
 喜んでいる。そして、あなたが死んだときには周囲の人が泣き、
 あなたは喜んでいるような人生を生きなさい」
 
 ほとんどの人は、生まれたときに周囲の人から祝福されていると
 思います。(祝福されていない場合もあるみたいですが...)
 
 しかし、死んでいくときも祝福されるような人生は送りたくない
 です。
 
 魂にとっては嬉しいことではあっても、現世のことで考えると、
 「死んでくれて嬉しい」と思われのはとても悲しいことです。
 
 死ぬ時には、せめて
 
 「あなたが生きていてくれて本当によかった。ありがとう」
 
 と言われて死にたいです。
 
▽インディアンの格言にある「あなたは喜んでいるような人生を
 生きなさい」とはどういう生き方なのでしょうか?
 
 著者は次のように言います。
 
 「多くの私達現代人は本当の自分を偽って生きているものです。
 だから、死ぬときに惨めなのです。だからアメリカインディアン
 のように安らかに生き、安らかに死ねないのです」
 
 「『あなたは喜んでいるような人生を生きなさい』とは、やる
 だけやった満足感を持って死になさいということです」
 
 死ぬ間際に後悔だけはしたくないです。
 
 「あれをやるべきだった」とか、「あのときこうすればよかった」
 等いろいろ後悔したり、誰かを憎んだりしたまま死にたくないです。
 
 死ぬときには、全てに満足して、何も思い残すことなく死にたい
 です。
 
▽もし、たとえ全てに満足できなくても、来世でもう一度チャレンジ
 すればいいだけのことです。
 
 スピリチュアル的な視点を持つことは、死を後悔しない考え方
 にもつながります。
 
▽著者は、人間は死を目前にして生き方の精算を迫られるのだと
 言います。
 
 「私達は死を前にして、きっと自分の今までの生き方の精算を
 迫られるのでしょう。ただで電車に乗ってきたものは、最後の死
 という駅の改札口で運賃を精算しなければならないのです」
 
 「改札口を出るためには『私はこうして耐えてきました』とか
 『私はこうして頑張って生きてきました』とか『私はこんなに
 立派に生きてきました』ではダメに違いありません。おそらく、
 そのままでは改札口を通してもらえないでしょう」
 
 「なぜなら、これらのセリフには恨みがあります。これは憎しみの
 セリフなのです」
 
 「頑張って生きてきました」と言いそうな自分がいます(笑)
 
 でも、これでは改札口を通してもらえないみたいです。
 
▽では、改札口を通してもらうためには、どのようなセリフが言え
 れば良いのでしょうか?
 
 著者は言います。
 
 「改札口を通してもらうためには、『私はこうして生きてきました。
 後悔していません』というセリフを言えなければなりません。
 『誰をも恨んでいない、誰をも憎んでいない、自分は精一杯生きて
 きた』、これなら改札口を通れるに違いありません」
 
 自分が納得できる人生を歩んできたかどうかが、死に際して後悔
 しない生き方のようです。
 
 著者は言います。
 
 「人に寄生して生きてきた人、手抜きをして生きてきた人、自分を
 だまし、人をだまして生きてきた人、そのような人々もそのまま
 改札口を出られません。払うべきものをはらわなければ出られ
 ないのです」
 
 ありがちなのは「自分をだまして生きてきた人生」だと思います。
 
 やりたいことをやらずに、さまざまなことを我慢して人生を送って
 いる人は、おそらくたくさんいることだと思います。
 
 私もそうならないように、生きていきたいと考えています。





 この本には、アメリカインディアンの古い格言がいくつか書かれ
 ていて、それについて著者が解説を加えたものです。
 
 著者自身がインディアンについて研究したわけではなく、著者が
 インディアンについて書かれた文献を参照し、さまざまな観点から
 解説を加えています。
 
 インディアンは、今で言うスピリチュアルな観点から死生観を
 感じ取っていたようです。
 
 大自然を相手に生活していると、そのような考え方になるみたい
 です。
 
 昔の日本人も同じ考え方だったようです。



病院で死ぬということ
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 ◆今日読んだ本
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 題名:病院で死ぬということ
 著者:山崎章郎
 出版:主婦の友社
 定価:1300円
 購入:ブックオフで105円



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 ◆今日の本 購入情報
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 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4079368364/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f435856%2f



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 ある男の死
 密室
 脅迫
 シベリア
 希望
 僕自身のこと
 15分間
 パニック
 5月の風の中で
 約束
 「息子へ」
 そして、僕はホスピスを目ざす



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 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■□□
 勇気  :■■■■□
 豊かな心:■■■■■
 おすすめ:■■■■■



 この本は平成2年10月に出版されています。
 
 ネットで調べてみると、120万部とあります。
 
 かなり売れたようです。
 
 著者は、紹介文によると、消化器外科のお医者さんで、現在は
 ホスピス関連の仕事をしています。



 自宅で死ぬのと、病院で死ぬのはどのように違うのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)病院で死ぬということはどういうことか?



 病院で死ぬとどうなるのでしょうか?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)病院で死ぬということはどういうことか?

 「自分が死を予感するほどの全身状態のときには、明るい元気な
 声で無理やり励まされるよりは、自分との別れが近いことを哀しん
 で涙を流してもらう方が、はるかに安らぎを得られるのではない
 だろうか」

 「このような悲惨な状況になぜ、患者や家族の不満が爆発しない
 のかといえば、ほとんどの末期ガン患者は自分の実状を知らずに
 闘病し、家族も医療者も患者に真実を伝えないことを当然として
 いるからなのだ」
 
 「これらのことを当然としている日本人の価値観が変わらなければ、
 この日本の医療現場の現状が、そう簡単に変わるとは思えない」
 
 「だが、変わらない限り、普通の病院は、自分の真実を知った
 うえで、自分なりの人生を生き抜きたいと考えている自立的な
 人たちにとっては、最悪の場所でありつづけるだろう」



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 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 死について考えてみよう 】



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 ●もっと知りたい方のために
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●「病院で死ぬということはどういうこと」なのでしょうか?

▽現代に生きる私たちのほとんどは、生まれるときには産婦人科の
 病院で生まれます。
 
 そして、死ぬときには病院で死にます。
 
 ほんの一昔前は、子どもを生むときは、助産婦さんの手を借りて
 自宅で生むのが普通でした。
 
 死ぬのも自宅でというのが普通でした。
 
 しかし、現在は生まれるのも病院で、死ぬのも病院で行われます。
 
 死ぬことに関して言えば、通夜や葬式こそ自宅で行う場合もあり
 ますが、死ぬ瞬間はほとんどが病院で迎えることになります。
 
 つまり、生まれる瞬間と死ぬ瞬間が家庭から切り離されてしまっ
 たのです。
 
▽人が生まれるときは、どこで生まれたかなどあまり気にしてないと
 思います。
 
 でも、死ぬときは本人はどこで死ぬのかがわかります。
 
 特に病気等で死ぬ場合は、自分がどこで死ぬのか当然分かります。
 
 病院で死ぬほとんどの人は、きっと「死ぬ瞬間くらい住み慣れた
 我が家で死にたい」と思っているのではないでしょうか。
 
 しかし、現在の家庭では死と向き合うことがなくなってしまった
 ため、病人を受け入れることができません。
 
 「何かあっても対処できない」ということなのです。
 
 しかも、家庭にいる人の日常生活があります。
 
 死ぬ時期が明確に分かっていれば、それまでの間仕事を休んだり
 して準備ができますが、人はいつ死ぬかなんて分からないです。
 
 誰かが、その病人の看病をしないとならないし、それも看病する
 人への負担になります。
 
 自宅で死を迎えることは、現在ではとても難しいことなのです。
 
▽この本には、死を間近に控えた人と、その人を取り巻く家族、
 そして、担当する医者の間で引き起こされる様々な葛藤が詳細に
 描かれています。
 
 事例がいくつか紹介されていますが、前半の方に出てくるのは、
 死の主導権を医者が握っているパターンです。
 
 事例に出てくる患者は末期ガンの患者で、助かる見込みがほとんど
 なく、あとは死を待つのみです。
 
 死ぬ瞬間、患者の家族は病室から出され、心臓マッサージや、
 強心剤の投与、気管確保のチューブ挿入等、むなしい延命治療が
 行われます。
 
 そこでは患者が経験が浅い医師の実験台になることもあります。
 
 延命治療は、わずか数分間心臓を動かすだけで、生き返ることは
 ありません。
 
 それでも、医者は延命治療を「医者の使命」だと思っているらしい
 のです。
 
 全部の医者がそうではないと思います。
 
 ほんの一握りの医者だけがそうなのであって、ほとんどの医者は
 「尊厳ある死」を大切にしていることと思います。
 
 しかし、この本で描かれている医者や病院も実際に存在することを
 考えると、やりきれない気持ちです。
 
 死亡診断書を楯に、遺族に対して病理解剖を強要する医者と病院が
 いたりします。
 
 なぜ、このようなことになるかと言うと、病理解剖をさせてもらう
 ということは、遺族が医者や病院への信頼の証みたいになっている
 ようなのです。
 
 その病理解剖の率を誇っている病院もあって、その実体は「病理
 解剖をさせてもらわないと死亡診断書は書かない」という脅迫
 なのです。
 
 患者との最後の別れである死の瞬間、その場から閉め出され、
 死の尊厳を台無しにする虚しい延命治療が行われ、しかも、その後
 哀しみに暮れる遺族は、医者が遺体を切り刻む間、何時間も待た
 なくてはならないのです。
 
 現在の人間の「死」とは、死ぬ人と、遺族のものにはならない
 場合が多いようです。
 
▽著者は言います。
 
 「自分が死を予感するほどの全身状態のときには、明るい元気な
 声で無理やり励まされるよりは、自分との別れが近いことを哀しん
 で涙を流してもらう方が、はるかに安らぎを得られるのではない
 だろうか」
 
 死の瞬間には、自分がどれだけ愛されていたかが分かれば、その人
 は満足して死んでいけるのではないでしょうか。
 
 しかし、実際は家族も、医者も、死ぬ本人の気持ちに答えられ
 ないのが現状です。
 
 では、どうすればいいのでしょうか?
 
 著者は言います。
 
 「このような悲惨な状況になぜ、患者や家族の不満が爆発しない
 のかといえば、ほとんどの末期ガン患者は自分の実状を知らずに
 闘病し、家族も医療者も患者に真実を伝えないことを当然として
 いるからなのだ」
 
 「これらのことを当然としている日本人の価値観が変わらなければ、
 この日本の医療現場の現状が、そう簡単に変わるとは思えない」
 
 「だが、変わらない限り、普通の病院は、自分の真実を知った
 うえで、自分なりの人生を生き抜きたいと考えている自立的な
 人たちにとっては、最悪の場所でありつづけるだろう」
 
 家族も医者も、死と患者に対する価値観が変わらなければ、
 「尊厳ある死」を得ることはできないのです。
 





 私が死ぬ瞬間は、やはり愛する人に囲まれて「また合おうね」と
 言ってもらえれば、これほど嬉しいことはないと思います。
 
 この本の後半を読んでいるときに、涙が溢れてきました。
 
 患者と医者、そして、患者の家族との間に築かれる信頼関係は、
 その死に関係する人たちにとって、感動を呼び起こすことができる
 のです。
 
 人間の全ての死が、そうなって欲しいです。