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豊かな人生研究委員会
人生を成功に導く読書術! 〜豊かな人生研究委員会〜
戦争と平和 愛のメッセージ
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:戦争と平和 愛のメッセージ
 著者:美輪明宏
 出版:岩波書店
 定価:900円+税
 購入:ブックオフで105円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4000236482/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f3611733%2f
 ビーケーワン
 http://www.bk1.co.jp/product/2581052/p-pyajimushi



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 ※今回は目次がありません



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■□□
 勇気  :■■■□□
 豊かな心:■■■□□
 おすすめ:■■■□□



 この本は2005年7月に出版されています。
 
 著者は、一度読んでみたかった美輪明宏さんです。
 
 17歳でプロ歌手としてデビューし、現在では多方面で活躍されて
 います。
 
 著書も多数あります。



 戦争とは何なのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)戦争とは何なのか?



 なぜ人間は戦争しないとならないのでしょうか?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)戦争とは何なのか?

 「戦争とは、あなたの愛する人が死ぬということです」

 「今日、あなたが家に帰ると、明日から、お父さんがいなくなる、
 わが子がいなくなる、ボーイフレンドがいなくなることになって
 いました。死を約束された旅に出るのです。もう二度と会えなく
 なるのです」
 
 「さぁ、どうしますか?あなたの大切な人に、そんなことが起き
 たら、どう思いますか?」

 「戦争体験を持たない人たちは、のんびりとかまえてしまって
 いるんですね。でも、一度、自分の愛する人がいなくなるという
 ことはどういうことなのか、自分が戦争に行くとはどういうこと
 なのか、じっくり考えてみて下さい」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 戦争をしないで済む方法を考えてみよう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●戦争とは何なのでしょうか?

▽今回は難しい問題を取り上げます。

 戦争とは人類が最も避けるべき出来事であるにもかかわらず、
 地球上のあらゆる場所でいつも起きている出来事です。
 
 おそらく紀元前から現在まで、絶えることなく延々と続いている
 のが戦争です。
 
 そんな世界の中にあって、60年以上も戦争をしていない国、
 自称「平和ボケの国」日本です。
 
▽日本は、幸いにもいろいろな考え方を持ってもいい国なので、
 今回のような戦争をテーマにした本を紹介すると、人それぞれ
 意見が違うということに気がつくと思います。
 
 今回は本を紹介しながら、私が考えている戦争に関する意見を
 書いてみたいと思います。
 
▽私の意見は「戦争反対」です。

 人類が絶対にしてはいけない行為が戦争だと考えています。
 
 戦争ほど非生産的な行為はありません。
 
 戦争は人類が創りあげたものを破壊し、人の命を奪い、命を
 奪われた人に関係する人たちを悲しませることになります。
 
 「因果の法則」を考えると、個人も悪い種をたくさんまき、戦争を
 しかけている国も悪い種をたくさんまいていることになります。
 
 現在でいうと、アメリカという国が世界の至る所で戦争を仕掛けて
 います。
 
 アメリカという国は、世界中に悪い種をまき散らしていることに
 なります。
 
 そのうち、悪い実をまいた分だけ刈り取らなきゃならないことに
 なります。
 
 日本もかつては同じ事をしてました。
 
 いろいろな国へ押し入り、悪い種をたくさんまいていました。
 
 「自分の国を守るため」と称して。
 
 そして、最終的に悪い実をたくさん刈り取る結果になってしまい
 ました。
 
 現在、悪い種をまき散らしているのは何もアメリカだけではない
 ですが...
 
 日本も政治の方向的には戦争に向かいつつあると思います。
 
▽では、戦争とはどのようなものなのでしょうか?

 私は昭和42年に生まれているので、戦争を全く知りません。
 
 その爪あとも「戦争資料館」みたいなところでしかみたことが
 ありません。
 
 著者は、戦争を体験しています。
 
 1935年生まれなので、終戦当時は10歳でした。
 
 その著者が書いたこの本の最初に書かれているのが次のような
 言葉です。
 
 「戦争とは、あなたの愛する人が死ぬということです」
 
 現在の日本に住んでいると、「戦争」という実感がまるでない
 ですが、戦争とは簡単な話、命の奪い合いです。
 
 想像できないかもしれませんが、いろいろな本で戦争のことを
 知る限り、戦場では命はやけに軽いです。
 
 現在だと、一瞬で何十万人もの命を奪うこともできます。
 
 そんな戦争をして良いわけがありません。
 
▽著者は言います。

 「今日、あなたが家に帰ると、明日から、お父さんがいなくなる、
 わが子がいなくなる、ボーイフレンドがいなくなることになって
 いました。死を約束された旅に出るのです。もう二度と会えなく
 なるのです」
 
 「さぁ、どうしますか?あなたの大切な人に、そんなことが起き
 たら、どう思いますか?」
 
 現在の日本人は、戦争と自分とは何も関係がないと思っています。
 
 日本がどこかの国と戦争になっても、自分とは関係ないところで
 進行している出来事であって、戦争は自分以外の人たち(自衛隊)が
 やるものだと思っています。
 
 しかし、実際に戦争になると召集がかかり、軍隊に強制的に参加
 させられることになります。
 
 軍隊に参加しないまでも、もしかしたら自分の住んでいる地域に
 ミサイルが飛んでくるかもしれない。
 
 だから、いったん戦争が始まると自分とは関係がないことは決して
 ないのです。
 
 著者は言います。
 
 「戦争体験を持たない人たちは、のんびりとかまえてしまって
 いるんですね。でも、一度、自分の愛する人がいなくなるという
 ことはどういうことなのか、自分が戦争に行くとはどういうこと
 なのか、じっくり考えてみて下さい」
 
 戦争は自分には関係ない世界だと考えないで、一度戦争になった
 ときのことを考えてみてはいかがでしょうか?
 
▽日本で流れている戦争に関する映像や情報は、嘘が多いと思った
 方が良いです。
 
 情報の発信源が怪しいです。
 
 前回のイラク戦争の時も、流れてくるのは「イラク=悪」という
 図式だけでした。
 
 イラクが悪いことをしているからアメリカを中心とした軍隊に
 攻撃されている、と見てしまうと、真実が見抜けなくなります。
 
 戦争に関してメディアが流す情報は間違っていると思った方が
 いいです。
 
 
▽戦争は、人類が絶対にしてはならない行為だと断言します。





 著者の本は一度読んでみたいと思っていました。
 
 本の内容はあまり紹介できませんでしたが、この本は、ページも
 ふっていない薄い本で、あっと言う間に読めてしまいます。
 
 でも、著者の訴えが伝わってきます。
 
 「日本には憲法九条があるから戦争はおきない。憲法九条を守ろう」
 
 と考えている人々や政党が存在します。
 
 しかし、日本に戦争が起きないのは憲法九条があるわけではあり
 ません。
 
 単純にアメリカの軍隊がいるからです。
 
 そして、私自信、戦争には反対です。
 
 しかし、「愛する人を守るため」に戦うことには躊躇しません。
 
 ・・・矛盾してますね。



人生がつまらない人へ
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 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:人生がつまらない人へ
 著者:藤原和博
 出版:ダイヤモンド社
 定価:1300円+税(文庫版が出ています)
 購入:ブックオフで105円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4478702497/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1463610%2f
 ビーケーワン
 http://www.bk1.co.jp/product/2198367/p-pyajimushi



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 1 軸足をコミュニティへ
 2 コミュニケーションを深く
 3 キャリアを問い直す
 4 生き方のデザイン
 5 もっとイマジネーションを
 6 生きた時間をつくりだす



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■□□
 勇気  :■■■■□
 豊かな心:■■□□□
 おすすめ:■■■■□



 この本は2002年7月に出版されています。
 
 著者は、民間から初の中学校の校長先生になった方です。
 
 このメルマガでも、何度か紹介しています。
 
 著書も多数あります。



 人生は楽しく過ごしたいです。



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)なぜ「大黒柱だと思うのはただの幻想」なのか?



 「大黒柱」ってどれだろう?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)なぜ「大黒柱だと思うのはただの幻想」なのか?

 「男は一家の大黒柱である。そんな古くさい幻想を、今でも後生
 大事にしてはいませんか?
 『自分が仕事を辞めたら家族が路頭に迷ってしまう』
 『自分がいなければ家族は何も決められない』
 こんな考えを持っているとしたら、あなたは古いホームドラマの
 見すぎかもしれません」

 「あなたがもし、今の仕事を辞めたいと思いながらも、『大黒柱
 としての責任は放棄できない』と考えて転職や独立の決断を鈍ら
 せているとしたら、それは誤りだと言っておきましょう」
 
 「奥さんも子供も、あなたの決断や、仕事に対する態度や、目の
 輝きを見ているのですから」

 「自分が働く意味や動機を『家族のため』という曖昧な言葉で
 誤魔化すのはやめましょう。誤魔化して生きるのは、自分自身は
 もちろん、妻や子供のためにもなりません」
 
 「大黒柱幻想に惑わされず、一人の人間として、自分の仕事や
 生きがいをもう一度見つめてみる。あなたの子供や友人が見つめて
 いるのは、あならの諦めではなく、あなたの勇気の方なのですから」
 
 「そして、たいていは、男が思っているほど妻や子供は弱くない
 ものです」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 自分の人生を楽しもう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●なぜ「大黒柱だと思うのはただの幻想」なのでしょうか?

▽家族がある男性は、「自分が一家の大黒柱」だと思っている人が
 たくさんいるのではないでしょうか?
 
 特にサラリーマンは「自分が家族を支えている」と思っている
 男性がほとんどだと思います。
 
 実は私も、その中の一人でした。
 
 自分が働いて、もらった給料で子ども達と嫁さんを養っていると
 自負していたのです。
 
 確かに、家庭の経済面から見ると半分当たっていると思います。
 
 しかし、半分間違っています
 
 その半分の間違いとは、「自分も家族に支えられている」という
 面を見落としている点です。
 
 嫁さんと子ども達がいなくなると、今の自分を支えているものが
 なくなってしまいます。
 
 ということは、自分は一家の大黒柱なのではなく、家の一部だと
 思った方が良さそうです。
 
 お互いがお互いを必要としていて、何かが欠けると、家としての
 機能を果たさなくなってしまいます。
 
▽著者は言います。

 「男は一家の大黒柱である。そんな古くさい幻想を、今でも後生
 大事にしてはいませんか?
 『自分が仕事を辞めたら家族が路頭に迷ってしまう』
 『自分がいなければ家族は何も決められない』
 こんな考えを持っているとしたら、あなたは古いホームドラマの
 見すぎかもしれません」
 
 以前は私もこの考えかたを持っていたのでよく分かりますが、
 実はこの考え方というのは、私の場合、いろいろなことを「やら
 ない理由」にしていたことが分かりました。
 
 「仕事はしっかりやらなければならないから、忙しくて時間がない」
 
 といった、現実逃避の理由にしていたのです。
 
 著者は言います。
 
 「あなたがもし、今の仕事を辞めたいと思いながらも、『大黒柱
 としての責任は放棄できない』と考えて転職や独立の決断を鈍ら
 せているとしたら、それは誤りだと言っておきましょう」
 
 「奥さんも子供も、あなたの決断や、仕事に対する態度や、目の
 輝きを見ているのですから」
 
▽著者の言うとおりだと思います。
 
 家族は、外でバリバリ働いて家に帰ってきたお父さんから、会社や
 上司の愚痴を聞きたいのではありません。
 
 家族が知りたいのは、自分のお父さんがどれだけ人生を楽しんで
 いるかだと思います。
 
 家に帰ってきてから、会社や上司に対する愚痴や泣き言、悪口を
 口に出していると、子供は仕事に対して良いイメージを持ちません。
 
 「お金を稼ぐには、毎日あんなにつらい思いをしなければなら
 ないのか?」
 
 と思うようになります。
 
 たくさんお金を稼いで、家で愚痴を言うくらいなら、今の半分だけ
 稼いで毎日たのしくて仕方がない仕事をした方が家族のためにも、
 そして、自分のためにも一番いいのではないでしょうか。
 
 著者は言います。
 
 「自分が働く意味や動機を『家族のため』という曖昧な言葉で
 誤魔化すのはやめましょう。誤魔化して生きるのは、自分自身は
 もちろん、妻や子供のためにもなりません」
 
 「大黒柱幻想に惑わされず、一人の人間として、自分の仕事や
 生きがいをもう一度見つめてみる。あなたの子供や友人が見つめて
 いるのは、あならの諦めではなく、あなたの勇気の方なのですから」
 
 「そして、たいていは、男が思っているほど妻や子供は弱くない
 ものです」
 
▽人は、自分が満たされていないと、自分以外の人間を満たして
 やることができません。
 
 例えば、自分はお金に困っているのに、他に同じように困って
 いる人にあげてしまうとします。
 
 見かけはとても素晴らしい心がけに見えますが、これは、自分の
 心に嘘をついていることになります。
 
 もっと困ることになる自分を「犠牲」にして他人を満たしても、
 自分の心は不満に思うだけです。
 
 こんな嘘をつくなら、まず自分を満たしてから、そこからあふれ
 出た分を他人と分かち合えばいいと思います。
 
 まずは、自分の心に嘘をつかないことだと思います。
 
 家族は、お父さんの人生が喜びで満たされていると、そこから
 たくさんのことを学んでいくのだと思います。
 
 子ども達に「人生って楽しんでいいんだ」と、思わせることが
 できれば親としての仕事は終わりだと思います。
 
 そういう私も、まだまだ修行中です。





 この本は、「生き方をこんな風にしてみませんか?」と問いかけ
 ています。
 
 著者の思想は「もっとコミュニティ、つまり地域社会に参加しよう、
 そしてその中で自分ブランドを確立した方が幸せがより高まるよ」
 と提案しています。
 
 先日読んだ「男の品格」よりも身近な感じがして共感が持てます。
 
 今の仕事人生がつまらないと感じている人にはおすすめの本です。
 
 何かヒントが見つかるかもしれません。



仮面の家 先生夫婦はなぜ息子を殺したのか
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:仮面の家
 副題:先生夫婦はなぜ息子を殺したのか
 著者:横川和夫
 出版:共同通信社
 定価:1400円(文庫版が出ています)
 購入:ブックオフで105円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4764102978/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f605733%2f
 ビーケーワン
 http://www.bk1.co.jp/product/957124/p-pyajimushi



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 第1章 自立できない長男
 第2章 貧しさのなかで
 第3章 自立への途上で
 第4章 家族病理という視点から
 第5章 ある夫婦の軌跡



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■■□
 勇気  :■■□□□
 豊かな心:■□□□□
 おすすめ:■■■■□



 この本は1993年7月に出版されています。
 
 著者は、紹介文によると共同通信社の論説兼編集委員とあります。
 
 著書も多数あります。



 「仮面の家」とは何を表現しているのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)なぜ長男を刺殺しなければならなかったのか?



 自分の子供を刺殺しなければならない理由とは?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)なぜ長男を刺殺しなければならなかったのか?

 ※「もっと知りたい方のために」を参照してください。



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 自分の子育てを考えてみよう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●なぜ長男を刺殺しなければならなかったのでしょうか?

▽前回の続きで、今回は自分の子供が家庭内暴力を振るうように
 なった根本原因が解説されているので、それを紹介したいと思い
 ます。
 
 この本の後半では、最近よく読むようになった斎藤学さんの解説が
 記載されています。
 
 このメルマガでも、何度か紹介しています。
 
 斎藤さんによると、この家族は「役割ロボットの悲劇である」と
 解説しています。
 
 「役割や規範に囚われすぎた家族が陥った絵に描いたような悲劇
 ですね。普通は、もっといい加減で、本音をむきだしにしたり、
 理想に燃えたり、といったジグザグを繰り返しながら生活して
 いくんです」
 
 「ところが一見して健全に見える家族は、規範や役割にとらわれて
 いて、自分の感情や欲求がわからなくなった人々で作られている
 ことが多いんです。私はこういう人々を“役割ロボット”と呼ぶ
 ことにしています」
 
 「ロボットがロボットと一緒になって子を生み、次の世代のロボット
 を作る。もしも子供が自分の欲求に気づいたり、自分なりの生き
 方をしようとすると混乱することになる」
 
 「しかし役割ロボットは、これに対応できませんから、その子を
 異物として切り捨てることになりやすい」
 
 何の問題もなく、周りの人たちには理想の夫婦として見えていた
 妻と夫は、実は自分の役割に縛られたロボットに過ぎなかったの
 です。
 
 その役割ロボット夫婦に、ロボットではない思考を持った子供が
 できてしまったのです。
 
▽役割ロボットについて、斎藤さんはさらに次のように言います。

 「りょう先生は『教師ロボット』としては理想的なのでしょう
 けれど、そんなロボットといっしょに生活する家族は、もし自分が
 人間として生き続けようとすれば、息が詰まるようで大変でしょうね」
 
 「長男は、そんな父親と同じロボットみたいなかたちでなら生き
 残れたと思います。普通は、“こんなロボット人間には耐えたれ
 ない”と、いろいろと抵抗するものですが、あけみさんも良妻
 賢母・いい嫁ロボットになってしまっているから、お互いの間に
 息苦しさを感じていない、つまり何も問題を感じていなかった
 ことが私にしてみれば大きな問題で、事態をよけい悪化させて
 しまった感じがするんです」
 
 ロボットと暮らしていこうと思ったら、長男もロボットになる
 しかなかったのです。
 
 しかし、長男はロボットにはなれなかった。
 
 人間として生まれてしまったのです。

▽あけみさんは、何度か病院へ行って精神科の診断を聞きに行きます。

 しかし、長男本人が病院へ行かないため精神科では診断のしよう
 がないと言われていまいます。
 
 あけみさんから長男の症状を聞いた医師は「精神分裂病の疑いが
 ある」という言い方しかできません。
 
 つまり、「原因は長男自身にある」と考えるわけです。
 
 しかし、家庭内暴力とか依存症などは、問題がある本人もそう
 ですが、その家族に問題があるのです。
 
 病院では、なかなかそのような見方はしてくれません。
 
 家族に問題があると考えると、たとえ本人がいなくても、親が
 相談しにいけば問題は解決していくのです。
 
 実際、この本にも別のケースとして、問題行動を起こす本人が
 いないにもかかわらず、その親との面接を何度か繰り返すうちに
 問題が解決する事例が紹介されています。
 
 子供に何らかの問題がある場合、家族全般を診るという発想が
 必要になるのです。
 
▽斎藤さんは、りょう先生のことを「偽りの自己」で生きていると
 指摘しています。
 
 偽りの自己の反対は「真の自己」。
 
 真の自己というのは、生き生きした現実感、人間らしい行動や
 生活、自分の感情とか欲求に忠実であることです。
 
 しかし、私たちは親や周りの人間から「意志を強く持ちなさい」
 とか、「欲求に流されないで」などと言われて育ってきている
 ため、真の自己が何だか分からなくなってしまっているそうです。
 
 斎藤さんは言います。
 
 「自分の欲求や感情を二の次にして生きていくことが、“偽りの
 自己”であり、知らず知らずのうちに役割ロボットになってしまう
 わけです」
 
▽この「偽りの自己」の起源は、生後半年ほど経った乳児と母親
 との関係のなかにあるそうです。
 
 赤ちゃんと一緒にいるのを楽しんでいるお母さんをビーイング
 (ともにある)マザーと言い、赤ちゃんに点数をつけて、いろいろ
 させるお母さんをドゥーイング(自分を押しつける)マザーと
 言うそうです。
 
 「ドゥーイングマザーをやっていると、子供は自分の欲求のままに
 生きられない。あたかも自分がするかのように相手の欲求を自分の
 欲求に変えていくわけです。それが“偽りの自己”の基本になるん
 です」
 
 根が深いです。
 
 問題を起こしているのは自分の子供ですが、その原因は親にあり
 ます。
 
 そして、その親もそうなってしまった背景には、自分が育てられた
 環境に左右されてしまいます。
 
 こうやって、誰かが気がつかないと世代間の連鎖は続きます。





 この本には、今回紹介した、りょう先生とあけみさんのケースの他に、
 2ケースほど紹介されています。
 
 そのいずれのケースも、問題は親にあります。
 
 そして、その親は、またその親に同じように育てられてきたのです。
 
 この本で斎藤さんが言っている事があります。
 
 「どんなことをやろうと、人間は自分が親にされたこと以外は、
 自分の子供にはしないものなんです」
 
 これは、私もそう思っていたことです。
 
 いくら育児書を読んでみても、結局は「育てられたようにしか
 育てられない」のです。
 
 ただ、それに気がつけばそこから改善の余地はあります。
 
 ほとんどの人は気がついていないだけです。



仮面の家 先生夫婦はなぜ息子を殺したのか
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:仮面の家
 副題:先生夫婦はなぜ息子を殺したのか
 著者:横川和夫
 出版:共同通信社
 定価:1400円(文庫版が出ています)
 購入:ブックオフで105円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4764102978/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f605733%2f
 ビーケーワン
 http://www.bk1.co.jp/product/957124/p-pyajimushi



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 第1章 自立できない長男
 第2章 貧しさのなかで
 第3章 自立への途上で
 第4章 家族病理という視点から
 第5章 ある夫婦の軌跡



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■■□
 勇気  :■■□□□
 豊かな心:■□□□□
 おすすめ:■■■■□



 この本は1993年7月に出版されています。
 
 著者は、紹介文によると共同通信社の論説兼編集委員とあります。
 
 著書も多数あります。



 「仮面の家」とは何を表現しているのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)なぜ長男を刺殺しなければならなかったのか?



 自分の子供を刺殺しなければならない理由とは?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)なぜ長男を刺殺しなければならなかったのか?

 ※「もっと知りたい方のために」を参照ください。

──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 特にありません 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●なぜ長男を刺殺しなければならなかったのでしょうか?

▽今回はかなり暗くなるお話です。

 1992年6月に埼玉県浦和市である殺人事件が起きました。
 
 生徒や先生に信頼のあった教師の夫と、良妻賢母の妻が、23歳
 になる自分の長男を刺殺するという事件が起きました。
 
 事件のあらましを簡単に紹介します。
 
▽県立高校の教師である夫は「りょう先生」と呼ばれ、生徒からも
 同僚の先生からも信頼の厚い先生です。
 
 東大出身ですが、エリートという感じを全く感じさせない人で、
 裁判の時の証人の証言からも、殺人を犯すような教師という
 イメージが全くない人だったようです。
 
▽妻は「あけみさん」と呼ばれていて、専業主婦で、3人の子供を
 育てながら、りょう先生の実父母と同居して世話をしていました。
 
 しかも、歩いて15分ほどの距離に住んでいる自分の母親にも
 毎日、食事を運んでいた人です。
 
 良妻賢母を絵に描いたような人です。
 
 夫婦関係も円満で、夫婦げんかも一切なく、他人がうらやむような
 夫婦でした。
 
▽そんな夫婦が、就寝中の23歳になる長男を刺殺します。
 
 この長男は、小中学校ではとても勉強ができて、中学ではテニス部
 のキャプテンを務め、中学を卒業するときは全校で1、2番という
 成績でした。
 
 高校は全国的に進学名門校として知られる県立高校に進学します。
 
 しかし、高校では成績が下がり始めます。
 
 何でも一番でないと気が済まない長男は「限界だ」と口走ることも
 あったようです。
 
 成績が下がり始めると、今度は音楽に興味を示します。
 
 高校2年生の3学期からほとんど学校へも行かず、家で音楽を
 聴いたり、曲を作ったりしていました。
 
 そしてとうとう、3年生に進級できないまま2年生で退学します。
 
▽しかし、元もと頭が良くて集中力があった長男は、大学に行き
 たいといって、猛勉強し大検に受かります。
 
 そして長男は一流の私大へ合格します。
 
 高校を退学したのに、一流私大へ合格した長男に両親は再度期待
 します。
 
 しかし、大学でもほとんど授業に出なくなり、とうとう退学します。
 
▽長男を大学に通わせるのに、家計は大変でした。

 しかも、学費以外に、長男が遊ぶ金に月10万円くらい渡していた
 そうです。
 
 その頃からアルコール依存症になっていた長男は、昼夜の生活を
 逆転させ、何かにつけては、あけみさんに「親のせいだ」と悪態
 をつくようになります。
 
 息子を連れて精神科の病院へ連れて行こうとしても、本人は行こう
 としません。
 
▽長男は、性的に不能だったらしく、そのことを自分の母親や父親に
 相談しています。
 
 そして次第に、家庭内暴力を振るいはじめます。
 
 こういう性格にしてしまったのは「親の責任」だと言うように
 なります。
 
 家庭内暴力と親への責任転嫁、アルコール依存、親への経済的な
 依存。
 
 この状態が続いた時、りょう先生とあけみさんは、次男、三男
 への影響を考え、そしてなにより自分たちがもう耐えられない
 ということで長男を殺すことを真剣に考え始めます。
 
 長男を生かしておく方が、親が殺人犯であるかよりも悪影響を
 及ぼすと考えたのです。
 
▽そしてとうとう、長男が寝ているところを夫婦で刺殺します。
 
 りょう先生は出刃包丁で長男の心臓をひと突きしたが外れてしまい
 ます。
 
 あけみさんは台所へ行って一番切れそうな包丁を探し、りょう先生
 へ渡します。
 
 そのときの状況をあけみさんは次のように説明しています。
 
 「弱り切った声で長男が、“許してくれ。悪かった。お願いだから
 殺さないでくれ”と言った最後の言葉を覚えています。主人は
 これに対して“いまじゃ、もう遅いんだよ。親を親とも思わない
 人間は親の手で死なせてやる”と言ったような感じで、とどめを
 刺したのです」

 以上が、事件のあらましです。

 「簡単に」と言っておきながら長くなってしまいました。
 
 続きは次回に紹介します。





 自分たちが愛する子供を夫婦で殺害しなければならないという
 のは、なんて悲しいことなのでしょうか。
 
 自分の子供の家庭内暴力で悩む親はたくさんいるようです。
 
 しかも、その子供のほとんどは小学校や中学校で、成績優秀で
 従順な、いわゆる「いい子」が多いそうです。
 
 その子供が大きくなって始めて挫折を知るようになると、
 「自分はダメな人間だ。こうなったのは親の責任だ」と言うように
 なるのです。
 
 この本の後半には、この事件の精神的な部分の解説がされています。
 
 その解説をしている精神科の先生がいるのですが、偶然にも最近
 よく読むようになった斎藤学さんでした。
 
 それは次回に紹介します。



不安でたまらない人たちへ―やっかいで病的な癖を治す
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:不安でたまらない人たちへ
 副題:やっかいで病的な癖を治す
 著者:ジェフリー・M・シュウォーツ
 出版:草思社
 定価:1900円+税
 購入:ブックオフで105円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4794208340/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f986130%2f
 ビーケーワン
 http://www.bk1.co.jp/product/1575276/p-pyajimushi



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 はじめに
  序 章 強迫性障害とは何か
 第1部 四段階方式とは何か
  第1章 第1段階 ラベルを貼り替える
  第2章 第2段階 原因を見直す
  第3章 第3段階 関心の焦点を移す
  第4章 第4段階 価値を見直す
 第2部 人生に応用する
  第5章 自分の心を自覚する
  第6章 家族はどうすべきか
  第7章 過食、アルコール中毒などへの応用
  第8章 治療にあたって
  第9章 「浮き輪」としての薬
  第10章 あなたは脅迫性障害か?
  第11章 自分で治すためのマニュアル



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■□□
 勇気  :■□□□□
 豊かな心:□□□□□
 おすすめ:■■■□□



 この本は1998年7月に出版されています。
 
 著者はアメリカの大学の教授で、脅迫性障害の世界的権威と紹介
 されています。



 「脅迫性障害」とはどのような障害なのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)脅迫性障害とは?



 心の問題なのでしょうか?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)脅迫性障害とは?

 「だれにでも、ないほうがいい妙な癖、習慣やふるまいはある。
 だれでも、もっとうまく自分をコントロールできればいいのにと
 思う。だが、ある考えがすべてを押しのけてしまい、コントロール
 がきかず、当人の意志を押しつぶしてしまうとき、強い恐怖や
 不安を払いのけるための儀式がすべてを圧倒するとき、非常に
 深刻な事態が起こる。それが脅迫性障害(OCD)である」

 「家族の誰かが『死なないように』と一日に40回以上シャワー
 を浴びる」
 
 「飛行機の墜落を『防止する』ために、ある数字を必死になって
 避ける」

 「OCDの患者は、空想のなかの破局を回避しようと、自己破壊的
 な奇妙な行動をするようになる。だが現実には、その行動と回避
 しようとする破局には何の関係もない」
 
 「脅迫的な衝動に駆られるといっても、衝動的な買い物好きや
 衝動的なギャンブラーと違って、OCDの場合は儀式を遂行しても
 何の喜びも感じられない。それどころか、儀式はきわめて苦痛だ」
 
 「患者の人生がめちゃくちゃになるだけでなく、彼らを愛する
 人たちも大変な被害を被る。洗ったり、掃除したり、数えたり、
 確認したりという反復行動にとりつかれると、仕事に差しさわるし、
 結婚生活もうまくいかず、人とのつきあいも難しくなる」
 
 「家族はいらいらしたり怒ったりして、『やめなさいったら!』
 と叫ぶ。あるいは波風をたてないように、ばかばかしい儀式を
 手伝ったり、勧めたりする(これはたいへんにまずい)」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 自分の注意力散漫を何とかしよう(笑) 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●脅迫性障害とはどのような病気なのか?

▽この本は「脅迫性障害」という病気のことについて書かれて
 います。
 
 脅迫性障害とはどのような病気なのでしょうか?
 
 著者は言います。
 
 「だれにでも、ないほうがいい妙な癖、習慣やふるまいはある。
 だれでも、もっとうまく自分をコントロールできればいいのにと
 思う。だが、ある考えがすべてを押しのけてしまい、コントロール
 がきかず、当人の意志を押しつぶしてしまうとき、強い恐怖や
 不安を払いのけるための儀式がすべてを圧倒するとき、非常に
 深刻な事態が起こる。それが脅迫性障害(OCD)である」
 
 脅迫性障害でよく例に出されるのが、確実に家にカギをかけて
 出かけたのに、不安になって何度も何度も確認してしまう、という
 症状があります。
 
 他には、ガスの元栓を閉めたはずなのに、何度も確認しないと
 不安で仕方がないというのもあります。
 
 この本にはいろいろな脅迫性障害の事例が書かれてます。
 
 「家族の誰かが『死なないように』と一日に40回以上シャワー
 を浴びる」
 
 「飛行機の墜落を『防止する』ために、ある数字を必死になって
 避ける」
 
 といった行動をとります。
 
 著者は言います。
 
 「OCDの患者は、空想のなかの破局を回避しようと、自己破壊的
 な奇妙な行動をするようになる。だが現実には、その行動と回避
 しようとする破局には何の関係もない」
 
 「脅迫的な衝動に駆られるといっても、衝動的な買い物好きや
 衝動的なギャンブラーと違って、OCDの場合は儀式を遂行しても
 何の喜びも感じられない。それどころか、儀式はきわめて苦痛だ」
 
 空想も単なる空想でしかなく、その空想を避けるためにその空想
 とは全く関係のない「儀式」をしなければならないのです。
 
 しかも、何度も何度も不安がなくなるまで。
 
 これはつらそうですね。
 
 自分でも、空想でありその儀式は関係がないと理解してはいる
 のですが、脳が「ブレイン・ロック」を起こしてしまい、そこ
 から抜け出せなくなってしまうのです。
 
▽この「脅迫性障害」の症状を最初に新聞か何かで読んだとき、
 自分でも同じようなことがある、と思ったことがありました。
 
 家を出て何メートルか歩いた後で、「あれ?玄関のカギかけたっけ?」
 と不安になり家まで戻る、ということがしばしばありました。
 
 しかし、不安になって戻るときはだいたいカギをかけ忘れていま
 した。
 
 単純に注意力が欠けていただけのようです。
 
 これは、現在では車のロックをかけ忘れるという行為に変わって
 います。
 
 不安になるときはロックし忘れていることが9割くらいです。
 
 これはこれで何か問題がありそうな気がしますが...
 
▽脅迫性障害のことが少し理解できるように、自分は全然違うことが
 分かります。
 
 OCDの患者本人も頭の中では、「おかしい」ということが分かって
 います。
 
 分かっているのですが、その空想と儀式を止めることができない
 のです。
 
 この脅迫性障害は、ぜんそくや糖尿病よりも発症率が高いそうです。
 
 そして、OCD患者の人生が上手くいくわけはありません。
 
 著者は言います。
 
 「患者の人生がめちゃくちゃになるだけでなく、彼らを愛する
 人たちも大変な被害を被る。洗ったり、掃除したり、数えたり、
 確認したりという反復行動にとりつかれると、仕事に差しさわるし、
 結婚生活もうまくいかず、人とのつきあいも難しくなる」
 
 「家族はいらいらしたり怒ったりして、『やめなさいったら!』
 と叫ぶ。あるいは波風をたてないように、ばかばかしい儀式を
 手伝ったり、勧めたりする(これはたいへんにまずい)」
 
 苦しむのはOCD患者だけではなく、周りの人間も被害を被るの
 です。





 この本は、OCDの解説だけではなく、OCDを克服するための
 方法と、OCD患者の家族がどうすれば良いのか等、いろいろな
 対策が書かれています。
 
 そして、一番ページが割かれているのがOCD患者の事例です。
 
 もし、自分か、もしくは自分の身近にOCDと思われる人がいる
 場合、読んでみてはいかがでしょうか。
 
 現在では確実に治る脳の病気なのだそうです。



自白の心理学
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:自白の心理学
 著者:浜田 寿美男
 出版:岩波新書
 定価:700円+税
 購入:ブックオフで105円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/400430721X/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1325510%2f
 ビーケーワン
 http://www.bk1.co.jp/product/2005382/p-pyajimushi



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 序 自白と冤罪
 第1章 なぜ不利なうそをつくのか
 第2章 うそに落ちていく心理
 第3章 犯行ストーリーを展開していく心理
 第4章 自白調書を読み解く



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■■□
 勇気  :■■□□□
 豊かな心:□□□□□
 おすすめ:■■■■□



 この本は2001年3月に出版されています。
 
 著者は大学の教授をしていて、専攻は発達心理学及び法心理学と
 紹介されています。
 
 著書も多数あります。



 警察による取り調べはどの様に行われているのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)なぜ不利なうそをついてしまうのか?



 うその自白をしてしまう心理とはどのようなものなのでしょうか?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)なぜ不利なうそをついてしまうのか?

 「警察が濃厚に抱いた疑惑は、まるで磁力を帯びた磁場のように
 周囲の供述証拠を引き寄せ、あるいは歪め、無実者のまわりを
 有罪証拠で取り囲む。そうして逃れようのないかたちで被疑者を
 取り調べの場に引きこみ、追求したとき、その同じ磁場がやがて
 被疑者本人の自白をも引き寄せてくるのである」

 「無実の人が嘘の自白に落ち、さらにうその犯行ストーリーを
 語るというのは、心理的に極めて異常な事態であるように思われ
 ている。しかし犯人として決めつけられ、取り調べの場で追いつ
 められ、決着をつけることを求められたとき、誰もが陥りうる、
 ある意味で自然な心理過程であることを知っておかなければなら
 ない」
 
 「異常があるとすれば、それは被疑者の心理ではなく、等の被疑者
 を囲む状況の側の異常なのである」

 「周囲の人々がほんとうにひとつのことを一致して確信し、それを
 当人に積極的に求めているとすればどうであろうか。うそでも、
 その場の確信に合う方向のものは、おのずと周囲から支えられる。
 このうそはむしろ<そそのかされ>、<支えられる>のである」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 日頃の行いが大切かな? 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●なぜ不利なうそをついてしまうのでしょうか?

▽この本は、今年の1月にあった神田昌典さんの出版記念講演で
 紹介されていた本です。
 
 私には今のところあまり関係がない世界ですが、本を読んでみると
 人間の心理が分かりやすく描かれていて面白いです。
 
▽刑事事件が起きると、警察は被疑者を探しだし、任意同行もしくは
 逮捕といった形で身柄を拘束します。
 
 それから取り調べが行われます。
 
 そこからは完全にブラックボックスです。
 
 イメージは「太陽にほえろ」等の刑事ドラマや映画で知っている
 取り調べしかありません。
 
 無機質な部屋の中に、グレーの事務机が一つあって、そこで取調官と
 被疑者が相対して取り調べが進んでいくイメージです。
 
▽実際の取り調べもだいたい同じように進んでいくようです。

 この本で書かれているのは、冤罪(えんざい)の話です。
 
 ある事件で被疑者として逮捕され、自白して調書が作られますが、
 容疑者は裁判で一転して無実を訴えるという事態が起きる場合が
 あります。
 
 実際は犯人ではないのに、取り調べで自白をしてしまうという、
 普通に考えるとありえない状況が実際に発生してしまうのです。
 
 なぜ、このようなことが起きてしまうのかというと、警察側が
 被疑者を犯人だと決めつけて取り調べを行うことから始まります。
 
 著者は言います。
 
 「警察が濃厚に抱いた疑惑は、まるで磁力を帯びた磁場のように
 周囲の供述証拠を引き寄せ、あるいは歪め、無実者のまわりを
 有罪証拠で取り囲む。そうして逃れようのないかたちで被疑者を
 取り調べの場に引きこみ、追求したとき、その同じ磁場がやがて
 被疑者本人の自白をも引き寄せてくるのである」
 
 簡単に言うと、被疑者はその場の雰囲気で、やってもいない犯罪の
 自白をしてしまうということになります。
 
 こうやって冷静に本を読んでいると、自白をしてしまう心理は
 全然わかりません。
 
 しかし、取り調べをする人は被疑者を犯人だと決めつけ、
 「おまえが犯人だろう」、「早く言ってしまった方が楽だぞ」と
 いった言葉で延々と何時間も問いつめるのです。
 
▽刑事ドラマ等では、よく黙秘をする被疑者が出てきますが、
 ほとんどの人は黙秘しないそうです。
 
 自分は実際に犯罪を犯していないので、「話せば分かってもらえる」
 と考え、一所懸命に説明をするそうです。
 
 素人が考えると当たり前ですよね。
 
 自分は絶対にやっていないのですから。
 
 それを証明すれば自由の身になります。
 
 しかし、取り調べをする側は、犯人が真実を言うわけがない、
 と決めつけて取り調べが行われるので、被疑者による無実証明は
 「すべてうそ」に聞こえるのです。
 
 著者は言います。
 
 「無実の人が嘘の自白に落ち、さらにうその犯行ストーリーを
 語るというのは、心理的に極めて異常な事態であるように思われ
 ている。しかし犯人として決めつけられ、取り調べの場で追いつ
 められ、決着をつけることを求められたとき、誰もが陥りうる、
 ある意味で自然な心理過程であることを知っておかなければなら
 ない」
 
 「異常があるとすれば、それは被疑者の心理ではなく、当の被疑者
 を囲む状況の側の異常なのである」
 
 取り調べる側が、「犯人かもしれないし犯人じゃないかもしれない」
 と考えて取り調べることができると、うその自白はなくなるかも
 しれません。
 
▽ここで、少し変だなと思うことがあります。

 例え「お前がやったんだろう?」と言われ、その取り調べの辛さに
 つい「私がやりました」と言ったとします。
 
 でも、調書というのは事件の動機や犯行手口等を詳細に記さない
 となりません。
 
 かなり以前、電車の中でバッグを置き忘れた時に、中に入っていた
 保険証がなくなった状態でバッグが発見されたことがあります。
 
 保険証はバッグがなくなった時に、届け出たので何ごともなかった
 のですが、何かあったときのために、最寄りの派出所に被害届けを
 出しに行ったのです。
 
 そのときは、いつ・どこで盗まれたのか分からないと被害届は
 受けられないと言われたのです。
 
 場所は電車の中、時間帯はわかりません。
 
 被害届を出すのはあきらめました。
 
 犯罪の調書というのは、いつ・だれが・どこで・どのように・
 なにを、を明確にしないとならないのです。
 
 この本の中ではいくつか事例が紹介されていますが、その事例の
 ほとんどが自分がやっていない犯罪の詳細を自白しているのです。
 
 これはおかしな話ですね。
 
 行ったこともない家の中で起きた殺人事件を、詳細に自白するのは
 普通で考えるとありえないです。
 
 しかし、ここでも取り調べ中の周りの圧力というのが影響します。
 
 著者は言います。
 
 「周囲の人々がほんとうにひとつのことを一致して確信し、それを
 当人に積極的に求めているとすればどうであろうか。うそでも、
 その場の確信に合う方向のものは、おのずと周囲から支えられる。
 このうそはむしろ<そそのかされ>、<支えられる>のである」
 
 うその自白は、最初被疑者はやってもいないので適当に話します。
 
 しかし、その話が現場の事実と異なる場合や、矛盾する場合は
 「うそをつくな」「それは間違っている」といちいち責められる
 のです。
 
 その辛さから逃れたいばっかりに、「そうだったかもしれない...」
 と思うようになります。
 
 こうして、うその自白調書ができあがっていくのです。
 
 うそのような本当の話です。





 この本には、冤罪についていろいろな事例が書かれています。
 
 犯罪全体の数からすると、うその自白による冤罪というのはそん
 なに数は多くありません。
 
 自白調書は取り調べ毎に作られているので、それを時系列に読んで
 いくと被疑者がめちゃくちゃな自白をしていることに素人でも
 気がつきます。
 
 そして、事実と合うように周りの人たちが誘導するのです。
 
 うそでも、一度自白をすると、それを覆すのは容易なことでは
 ありません。
 
 無実が証明されるまでに20年、30年とかかる場合もあります。
 
 これはどうしようもないことなのでしょうか?



男の品格―気高く、そして潔く
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:男の品格
 副題:気高く、そして潔く
 著者:川北義則
 出版:PHP研究所
 定価:1300円+税
 購入:ブックオフで105円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4569652115/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f4014727%2f
 ビーケーワン
 http://www.bk1.co.jp/product/2665380/p-pyajimushi



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 第1章 会社は男の夢追い場−仕事
 第2章 夫として、父として−家庭
 第3章 モテる男の言葉の力−恋愛
 第4章 自分の好奇心に忠実であれ−趣味
 第5章 自分の戒律のために−美学
 第6章 人は楽しんだほうが勝ち−人生観
 第7章 人生という名の遊び場で−遊び心



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■□□□
 勇気  :■□□□□
 豊かな心:■□□□□
 おすすめ:■■□□□



 この本は2006年4月に出版されています。
 
 著者は、紹介文によると、出版プロデューサーとして活躍すると
 ともに、生活経済評論家として、新聞、雑誌等に執筆している
 そうです。
 
 著者も多数あります。



 男が持つべき「品格」とは何でしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)仕事と遊びはどうすればよいのか?



 今を楽しむのが一番です。



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)仕事と遊びはどうすればよいのか?

 「男だって仕事ができるだけで十分とはいえない。言葉で簡単に
 言い表せないような魅力的な部分を持っている人間でないと、
 決してよい仕事はできないものだ」

 「40歳を過ぎたら男は自分の顔に責任をもて」

 「この点は心配することはない。顔というのは自分で見るのと
 他人が見るのとでは印象がかなり違うからだ。何かに没頭して
 いるときは、みんないい顔をしているものだ。自分で鏡を見る
 ときとは違っているのだ」

 「誰でも年齢相応の『いい顔』になりたいと思っているだろう。
 しかし、なかなか思い通りにはなれない。そこで私が勧めたい
 のは『大いに遊んでみる』ことだ」
 
 「ここで遊ぶというのは何も『飲む、打つ、買う』のような遊び
 だけではない。人生のあらゆる営みを遊び心をもって臨むのが
 いいということだ」

 「男の遊ぶ才能とは、遊びから何かを学ぶ才能のことといって
 いいだろう。そのかわり、ただ遊ぶだけで、そこから何も学べ
 ないボンクラ男は、どんな女性からも軽蔑されるような情けない
 男になっていく。だから、男はいい顔になりたかったら、もっと
 積極的に遊んでみること。そして遊びから学ぶことだ」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 今を楽しもう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●仕事と遊びはどうすればよいのでしょうか?

▽藤原正彦さんの「国家の品格」が出版されてから、「品格」ブーム
 なのか、アマゾンで「品格」で検索してみるとたくさんの本が
 ヒットします。
 
 この本もその中の一つです。
 
 私はとりあえず男性なので「男の品格」という題名だけで思わず
 買ってしまいました。
 
 「品格」という言葉には、「条件」というイメージがあります。
 
 「男の条件」です。
 
▽人間にとって、仕事は大切な魂の修行になります。

 人間関係や自分を磨くには絶好の機会でもあるのです。
 
 仕事には男性も女性も関係ありません。
 
 どちらも働かないとなりません。
 
 そして専業主婦であろうが、会社の社長であろうが、魂にとって
 仕事には変わりないです。
 
 これは魂の話。
 
 現世での話をすると、男性にとっての仕事は人生そのものになる
 可能性があります。
 
 これは男性に限ったことでもないですが...
 
 サラリーマンであれば、1日8時間以上働かなくてはならないです。
 
 一日の中で一番時間をかけているのが仕事です。
 
 もしかしたら人間の一生で見ても一番時間をかけているのが仕事
 かもしれないです。
 
 では、仕事はするだけでいいのかというと、著者はそれだけでは
 十分ではないといいます。
 
 「男だって仕事ができるだけで十分とはいえない。言葉で簡単に
 言い表せないような魅力的な部分を持っている人間でないと、
 決してよい仕事はできないものだ」
 
 「人間の魅力」は、なかなか身につけようと思っても身につか
 ないです。
 
▽人間の魅力はどこにあるかというと、おそらく「顔」にあります。

 よく、「40歳を過ぎたら男は自分の顔に責任をもて」と言われ
 ます。
 
 私も40歳になった今、自分の顔を鏡で見てみると...

 いまいちパッとしませんね(笑)
 
 著者は言います。
 
 「この点は心配することはない。顔というのは自分で見るのと
 他人が見るのとでは印象がかなり違うからだ。何かに没頭して
 いるときは、みんないい顔をしているものだ。自分で鏡を見る
 ときとは違っているのだ」
 
 少し安心しました。
 
▽思い出してみると、仕事を楽しんでいる人の表情というのは、
 とても生き生きしています。
 
 そして、そういう人のお話はとても面白いです。
 
 自分でも、魅力的な人間になってみたいと思いますが、意識して
 魅力的になろうと思っても、そう簡単にきるものでもないです。
 
 そこで著者は次のように言います。
 
 「誰でも年齢相応の『いい顔』になりたいと思っているだろう。
 しかし、なかなか思い通りにはなれない。そこで私が勧めたい
 のは『大いに遊んでみる』ことだ」
 
 「ここで遊ぶというのは何も『飲む、打つ、買う』のような遊び
 だけではない。人生のあらゆる営みを遊び心をもって臨むのが
 いいということだ」
 
 私は「飲む、打つ、買う」は一つもやりません。
 
 遊びの定義が良く分かりませんね。
 
 現在は、本を読んだり、人間関係の勉強をしたり、プログラムを
 作ったり、とあまり遊びとは関係ないようなことしかしてません。
 
 著者は遊ぶことについて、次のように書いています。
 
 「男の遊ぶ才能とは、遊びから何かを学ぶ才能のことといって
 いいだろう。そのかわり、ただ遊ぶだけで、そこから何も学べ
 ないボンクラ男は、どんな女性からも軽蔑されるような情けない
 男になっていく。だから、男はいい顔になりたかったら、もっと
 積極的に遊んでみること。そして遊びから学ぶことだ」
 
 女性に認められたくて遊ぶくらいなら、遊ばない方が良いと思い
 ます。
 
▽私の意見は、「遊ぶ」ということは、仕事でも何でもいいですが、
 自分がやることを「楽しむ」ことだと思います。
 
 意識して「遊ばなきゃ」と思うと、現在とは違うことをやらな
 ければならないと考えてしまいます。
 
 そうではなくて、日々の仕事が忙しくても、それを楽しむことが
 できれば、「遊ぶ」ことになるのではないでしょうか。
 
 そして、休日にテレビの前でゴロゴロしているのも、本人が心
 から楽しめるような体験をしているのであれば、それで良いと
 思うのです。
 
 普段の行動を楽しむことができれば、こんな簡単なことはないと
 思います。





 この本は、こう生きてみるのはどうか?という「男性の生き方指南」
 のような内容です。
 
 それを、仕事、家庭、恋愛、趣味、美学、人生観、遊び心、という
 テーマで著者が語ります。
 
 ただ、このような生き方指南系の本は、だいたいは読むだけで
 終わりだと思います。
 
 私も、今回読んでみて、書いてあることには「そうだよなぁ」と
 感心はしますが、「でもそれは、あなたの考え方ですよね?」って
 なってしまうのです。
 
 もしかしたら、二十歳前くらいの時に読んでいたら影響されて
 いたかもしれませんが...



ほめるな
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:ほめるな
 著者:伊藤進
 出版:講談社現代新書
 定価:700円+税
 購入:ブックオフで350円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4061497774/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1774297%2f
 ビーケーワン
 http://www.bk1.co.jp/product/2535629/p-pyajimushi



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 第1章 蔓延する「ほめる教育」
 第2章 教育の根本目的は自立の支援
 第3章 「ほめる教育」は動物に芸を仕込む方法
 第4章 「ほめる教育」はアモーレ情熱をこわしてしまう
 第5章 心からほめることまで否定しているのではない
 第6章 「ほめる教育」の犠牲者たち
 第7章 必要なのは真の愛情
 第8章 インタラクティヴ型支援のすすめ



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■□□
 勇気  :□□□□□
 豊かな心:■□□□□
 おすすめ:■■■□□



 この本は2005年3月に出版されています。
 
 著者は北海道教育大学の教授で、専門はコミュニケーション心理学
 で、心理学を批判的に見当しながら日常に生かすアプローチを
 展開中、と紹介されています。
 
 著者も何冊かあります。



 ほめると何がいけないのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)ほめるのはなぜだめなのか?



 ほめて育てるのもいろいろ弊害がありそうです。



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)ほめるのはなぜだめなのか?

 「『ほめる教育』推奨派の考え方に抜け落ちているもの−それは
 第一に、長期的視野です。そして第二に、教育の根本目的に対
 する認識です。この二つを欠いているために、ほめるということに
 ともなう弊害を見落としてしまっているのです」

 「動物ショーの動物たちが、長期間の訓練によって芸ができる
 ようになる。その後、動物たちは自立するのでしょうか?そんな
 話は聞いたことがありません。訓練の完了は、自立などではなく、
 あくまでもトレーナーの指示にしたがって、トレーナーの思い
 通りに動くようになることを意味します」
 
 「『ほめる教育』は、人間の子どもや若者たちにたいして、これ
 と本質的にはおなじことをやっているのです。わたくしたち大人
 は、このことをはっきり認識すべきです」

 「指示にしたがって動く受動的な存在を作り出す」

 「『ほめる教育』には、これに関連したもうひとつの弊害がある
 ことも指摘しておかなければなりません。それは、つねに他者
 からの評価の目ばかりを気にして生きる人間を作りだしてしまう
 ことです」

 「この『ほめる教育』の視点は、じつは、『ほめられるところが
 あれば価値があり、そうでなければ価値がない』という価値観に
 基づいています」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 バランスよくほめて育てよう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●ほめるのはなぜだめなのでしょうか?

▽たとえば子育てをする場合、「子供はほめて育てよう」という
 ことがよく言われます。
 
 特に日本人は子育てをするのに、批判的な言葉で育てることが
 多いそうです。
 
 欠点を見つけて指摘し、それを改善させるというやり方です。
 
 以前はこの教育がされていました。
 
 それがいつからか、「子供はほめて育てよう」ということになって
 います。
 
 私もどちらかというと、欠点を発見する方が得意な方なので、
 なるべく良いところを見つけてほめてあげよう、と心に誓いました。
 
 短所を修正する教育より、長所を伸ばす教育の方が理にかなって
 いると思ったからです。
 
▽日本社会には「ほめる教育」推奨派の人たちというのがいるそうです。

 その人達の意見は次の通りです。
 
 「子供や若者を育てるときには、少しでもいいところを見つけて
 ほめてやればよい(あるいは、誉めてやることが必要だ)。なぜ
 ならば、ほめてやることによって子どもも若者も伸びていくから
 である」
 
 そして、ほめることによって次のような効果があると、主張して
 います。
 
 ・意欲をもたせる効果
 ・方向づける効果
 ・自信をあたえる効果
 ・人間関係をよくする効果
 
▽しかし著者は、「なんでもほめればいいってもんじゃない」と
 主張しています。
 
 著者は言います。
 
 「『ほめる教育』推奨派の考え方に抜け落ちているもの−それは
 第一に、長期的視野です。そして第二に、教育の根本目的に対
 する認識です。この二つを欠いているために、ほめるということに
 ともなう弊害を見落としてしまっているのです」
 
 教育の根本目的というのは「自立の支援」です。
 
 教育というのは、「長期的視野をもって、その人の自立の支援を
 すること」なのです。
 
▽著者は、「ほめる教育は動物に芸を仕込む方法と基本的には同じ
 である」と言います。
 
 動物に芸を仕込むには、少しずつ行動を教えて、それができたら
 ほめて、エサを与えて、を繰り返します。
 
 ほめる教育とは、それと同じであると言うのです。
 
 著者は言います。
 
 「動物ショーの動物たちが、長期間の訓練によって芸ができる
 ようになる。その後、動物たちは自立するのでしょうか?そんな
 話は聞いたことがありません。訓練の完了は、自立などではなく、
 あくまでもトレーナーの指示にしたがって、トレーナーの思い
 通りに動くようになることを意味します」
 
 「『ほめる教育』は、人間の子どもや若者たちにたいして、これ
 と本質的にはおなじことをやっているのです。わたくしたち大人
 は、このことをはっきり認識すべきです」
 
 動物と人間とを簡単に比較してしまうのもどうかと思いますが、
 確かに言われてみるとそうかもしれませんね。
 
 「ほめて育てるのがいい」と言われると、確かに悪いとは思わ
 ないです。
 
 欠点を指摘するよりは、ほめる教育をした方が「イメージ」が
 いいです。
 
 でも、イメージが良いだけではだめなようです。
 
 著者は、ほめる教育は
 
 「指示にしたがって動く受動的な存在を作り出す」
 
 と言っています。
 
 いわゆる指示待ち人間ができあがってしまうと指摘しています。
 
▽著者は他にも弊害があると主張します。

 「『ほめる教育』には、これに関連したもうひとつの弊害がある
 ことも指摘しておかなければなりません。それは、つねに他者
 からの評価の目ばかりを気にして生きる人間を作りだしてしまう
 ことです」
 
 子育てをしたことがある方なら分かると思いますが、特に子どもは
 ほめられるのが大好きです。
 
 公園の砂場で遊んでいるときに、その子が作ったものを一度
 ほめると、これも、これも自分が作ったものだと主張し、さらに
 ほめることを求めてきます。
 
 これは、自分では「悪いことではない」と思っていたのですが、
 毎回同じようにほめていると、もし、ほめられない日があると
 「ほめられる価値がない」と子どもが感じてしまっても不思議
 ではないと思うようになってきました。
 
 著者は言います。
 
 「この『ほめる教育』の視点は、じつは、『ほめられるところが
 あれば価値があり、そうでなければ価値がない』という価値観に
 基づいています」
 
 んーーー、こう書かれると単純に「ほめる」というのも問題あり
 のような気がします。





 この本には、「ほめる教育」の弊害がたくさん書かれていて、
 「子どもはほめて育てよう」と誓った身としては、気がつかな
 かった部分を指摘された感じです。
 
 ただ、著者は「絶対にほめるな」と主張しているわけではなく、
 ほめるべき所はほめ、間違っているところは指摘してあげるのが
 いいのではないか、と言っているのです。
 
 要するに、「バランスが必要だ」ということだと思います。



子供の愛し方がわからない親たち―児童虐待、何が起こっているか、どうすべきか
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:子供の愛し方がわからない親たち
 副題:児童虐待、何が起こっているか、どうすべきか
 著者:斎藤学
 出版:講談社
 定価:1500円
 購入:ブックオフで105円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4062061449/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f558899%2f
 ビーケーワン
 http://www.bk1.co.jp/product/865141/p-pyajimushi



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 第1章 今、何が起こっているか−3つのケースから
 第2章 さまざまな児童虐待
 第3章 児童虐待への対応の変化−アメリカの場合
 第4章 日本の社会は児童虐待をどう取り扱っているか
 第5章 母性−聖母と魔女の間
 第6章 虐待は親から子に伝わる
 第7章 性的虐待の爪痕
 第8章 虐待されている子に出会った時
 第9章 虐待する親への治療
 第10章 虐待する親のもとで成人した「子供」たち
 第11章 児童虐待への地域ケア
 第12章 「子どもの虐待防止センター」の現場から



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■■□
 勇気  :■■□□□
 豊かな心:■□□□□
 おすすめ:■■■■□



 この本は1992年10月に出版されています。
 
 著者は、このメルマガでも何度か紹介している斎藤学さんです。
 
 アルコール依存、子供虐待、過食症、拒食症など、依存症に悩む
 人たちのための自助グループを主宰している方です。
 
 著書も何冊かあります。



 子供虐待はなぜ起きてしまうのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)虐待されている子に出会った時はどうすれば良いのか?



 虐待されている子に出会ったらどうすればよいのでしょうか?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)虐待されている子に出会った時はどうすれば良いのか?

 ※「もっと知りたい方のために」を参照ください。



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 助ける勇気を持とう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●虐待されている子に出会った時はどうすれば良いのでしょうか?

▽1回目で虐待のケースを、2回目で虐待の種類を紹介してきました。

 すでに、うんざりしている方もいるかと思いますが、今回で最後
 ですのでおつきあいください。
 
 3回目の今回は「もし、虐待されている子にであった場合にどう
 するか」ということについて紹介します。
 
▽これは、私も知らなかったのですが、児童福祉法25条というの
 があります。
 
 ネットで調べたら原文がありましたので、以下に抜粋します。
 
 「第25条 要保護児童を発見した者は、これを市町村、都道府県の
 設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して
 市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に
 通告しなければならない」
 
 これは、私たち日本の国民に「虐待を受けているように見える
 子供に接した時、それを児童相談所に報告すること」を義務づけて
 いるのです。
 
 つまり「子供を助けてあげなさい」といっているわけです。
 
 しかし、実際は他人が他人の家の事情にクビを突っ込むことは
 難しいようです。
 
 「我が家のしつけ」といわれると、手も足も出せなくなるし、
 まして、暴力を振るっている親が暴力団のような人だと、関わり
 たくないというのが本音だと思います。
 
▽では、どうすればいいのか?

 子供への虐待を一番最初に発見する確率が高いのが、病院や学校、
 そして保育園や幼稚園などです。
 
 つまり、医師や看護婦、学校や幼稚園の先生、保母さんが発見
 する確率が高いのです。
 
 著者は言います。
 
 「こうした職業の人々が児童虐待らしきケースに接した場合、
 関わり合いを避ける態度をとり続けることは許されないはずなの
 だが、実際には不信と疑惑がそのまま放置されてしまうことが多い」
 
 「被虐待児、とくに5歳以下の幼児は、小児科の外来、入院の
 場面で、医師、看護婦、ケースワーカーなどによって発見される
 ことが多い。しかし治療に当たる人々が、医療の外に拡がる問題の
 複雑さに直面することを避けてしまうと、幼児のけがの治療だけで、
 親のもとへ帰されてしまう」
 
 関わりたくない気持ちも分からなくはないです。
 
 例えば、医師の仕事というのはけがや病気を治すことであって、
 家庭の事情に踏み込むことではない、という気持ちは十分にわかり
 ます。
 
 しかし、子供の叫ぶことができない叫びをせっかく聞いているのに
 それを無視してしまうと、最悪の場合、助かるかもしれない命を
 助けられなくなることだってあるのです。
 
 もし、発見された方は、子供の命を救うことになると思って、
 児童相談所へ報告してください。
 
▽次に、家庭で虐待にさらされている(いた)子供に特有の行動
 というのが書かれているので紹介します。
 
 まず最初は「虐待されているらしいのに、そのことを訴えない」
 というのがあります。
 
 著者は言います。
 
 「まず、被虐待児は虐待について自分から訴えることがない、
 という逆説的な事実を強調しておかなければならない。被虐待児は
 虐待という体験を受け入れているのであって、彼らにとって虐待は
 『痛くて、怖くて、不安なこと』ではあるが、とくに変わったこと
 ではないのである」
 
 「そのうえ、彼らは自分が悪くて殴られたということを教育されて
 きているわけだから、それを周囲の大人たちに漏らすこともない」
 
 虐待を受けている子どもたちにとって、虐待は普段の生活の一部
 でしかないのです。
 
 それをわざわざ他人に報告することもしないのは納得できます。
 
 虐待は、虐待されている子供にとって、お風呂に入ることと同じ
 ことであって、特別なことではないのです。
 
▽被虐待児は、「オドオドした態度」がつきもののようです。
 
 著者は言います。
 
 「それは虐待のそのもののためというより、虐待がいつ始まるか
 わからないために生じる。ぶたれたり、誉められたり、無視され
 たり、同じ行動がまったくめちゃくちゃな反応として親から返って
 くるから混乱して不安になるのである」
 
 人の言動が信じられなくなっているのだと思います。
 
 普通は、何をすれば怒られて、何をすれば誉められるというのは
 大体分かっているものです。
 
 それが、誉められることをしたはずなのに、親の態度が一定して
 いない場合、子供はどう行動していいかわからなくなってしまう
 のです。
 
▽他に、「年齢に相応した排泄と食事の訓練ができていない」と
 いうのもあります。
 
 著者は言います。
 
 「いつも殴られている環境にいると、自分がその場を支配し、
 他人に対して影響力を及ぼすという能力に欠けてくる。むしろ、
 自分の無能力を強調することによって、周囲の人々が自分を世話
 せざるを得ないようにしていく」
 
 「被虐待児が5、6歳以降になっても排泄訓練の問題を抱えて、
 大便失禁や夜尿を繰り返すのは、そのためである」
 
 子供は、本来自分のことを注目して欲しくてたまらない存在なの
 です。
 
 家庭内では自分が中心にいないと気が済まないはずなのに、それが
 できない環境にいるため、排泄や食事を失敗することによって、
 人の注目を惹こうとするようです。
 
 逆にいうと、それくらいしかできないということでしょうか。
 
 「こうした退行(子供返り)が、大人の欲求不満を誘い、虐待を
 エスカレートさせる原因になることは言うまでもない」
 
 それしかできないという行為で、さらに虐待をあおってしまうとは、
 なかなかつらいものがあります。
 
▽次に「虐待されることへの無反応」というのがあります。

 著者は言います。
 
 「被虐待児は、いつ殴られるか、いつ虐待されるかがわからない
 わけだから、感情のスイッチをオフにすることが身についている。
 したがって彼らの表情からは子供らしい生き生きした変化が失われ、
 まるで能面のように見えることがある。そのため、彼らは精神
 薄弱児や精神病者に間違われる」
 
 虐待を受けている子どもたちは、いわばいつ攻撃されるかわから
 ない、戦争でジャングルを歩いているようなものなのかもしれま
 せん。
 
 緊張に耐えられないから、感情を出さなくなってしまうようです。
 
▽次に、「迂回した怒りの表現」というのがあります。

 著者は言います。
 
 「こうした子ども達の中では怒りは抑えつけられ、いつもくす
 ぶっている。そして間接的な方法で表現される。加害者である
 親に向けられるべき怒りは、自分より弱い者に向けられる。弟とか
 動物とかである」
 
 「思春期に入って、筋肉の力がつくと、弱い者に対して暴力を
 振るう。夫になれば、妻に暴力を振るう、母になれば子供が犠牲
 となる」
 
 こうして家庭内の暴力が代々伝わることになるのです。
 
▽次に「学習する気力の喪失とサボタージュ」というのがあります。

 著者は言います。
 
 「虐待された子ども達の場合、何か新しいことをしようとすると、
 必ず親たちから批判や小言にさらされる。『お前はなんてダメ
 なんだ』と罵られ、時にはひどい罰を受ける。だから彼らは、
 自分を無能力な馬鹿と思い、そのように振る舞う方が安全なので
 ある」
 
 新しいことにチャレンジすることができない子供というのはかわい
 そうです。
 
 彼らは、やって失敗して叱られるよりも、やらないで叱られる方を
 選ぶようになるのです。
 
▽最後に「自己憎悪」というのがあります。

 著者は言います。
 
 「虐待されている子供たちは、自分自身を憎んでいる。親からの
 虐待は親のにくしみによると理解し、それを自己イメージに取り
 込んでしまうからである。こうした子は自己破壊的である。よく
 自殺を真似たり、自殺をしようとしたりする」
 
 親自身の自己憎悪による暴力によって、さらに子供も自分自身を
 憎んでしまうことになります。
 
▽以上、虐待されている子供が発するサインを紹介してきました。

 このようなサインを発見した場合、日本国民には児童相談所へ
 報告する義務があります。
 
 難しいかもしれないですが、虐待を発見した普通の人が、子供に
 救いの手をさしのべてあげないとならないのです。
 
▽そこで、援助する側にもう少し知っておいた方が良い情報があり
 ます。
 
 以下に箇条書きにします。
 
 「被虐待児は必ずしもかわいくない」
 「被虐待児は、それでも親に愛着していることが多い」
 「被虐待児は、援助者を信頼しないことがある」
 
 援助する側にも、我慢が必要な場合もあるということです。
 
 発見した大人が救ってあげましょう。





 著者は、援助をさしのべる場合、覚悟が必要だと言います。
 
 最後にもう少し引用します。
 
 「安全な人間関係とは、批判されない、査定されない、温かい、
 そして消えることのない関係である。被虐待児はこうした人間関係
 の存在を信じられないので、安全の提供者は何度も何度も彼らに
 テストされ、裏切られることを覚悟していかなければならない」
 
 「安全の提供者は、彼らに対して何かを“援助しようとすること”
 (doing)を考えてはならない。むしろ彼らをそれ以上傷つけない
 ことをまず第一に考えて、かれらの言い分の全てを受け入れながら、
 彼らの前に“存在し続けること”(being)をしていればよい。
 そしてbeingし続けることのほうが、doingするよりはるかに難しい」
 
 こう書かれると、どうしても尻込みしてしまいます。
 
 したがって、私たちが他の家庭の子の虐待に気がついたときには、
 判断が難しいかもしれませんが、まずは児童相談所へ連絡して
 みるのが良いと思います。



子供の愛し方がわからない親たち―児童虐待、何が起こっているか、どうすべきか
──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:子供の愛し方がわからない親たち
 副題:児童虐待、何が起こっているか、どうすべきか
 著者:斎藤学
 出版:講談社
 定価:1500円
 購入:ブックオフで105円



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 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 アマゾン
 http://amazon.co.jp/o/ASIN/4062061449/oyajimushicom-22/ref=nosim/
 楽天ブックス
 http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02bf9514.ebca5b49/?url=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f558899%2f
 ビーケーワン
 http://www.bk1.co.jp/product/865141/p-pyajimushi



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 第1章 今、何が起こっているか−3つのケースから
 第2章 さまざまな児童虐待
 第3章 児童虐待への対応の変化−アメリカの場合
 第4章 日本の社会は児童虐待をどう取り扱っているか
 第5章 母性−聖母と魔女の間
 第6章 虐待は親から子に伝わる
 第7章 性的虐待の爪痕
 第8章 虐待されている子に出会った時
 第9章 虐待する親への治療
 第10章 虐待する親のもとで成人した「子供」たち
 第11章 児童虐待への地域ケア
 第12章 「子どもの虐待防止センター」の現場から



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■■□
 勇気  :■■□□□
 豊かな心:■□□□□
 おすすめ:■■■■□



 この本は1992年10月に出版されています。
 
 著者は、このメルマガでも何度か紹介している斎藤学さんです。
 
 アルコール依存、子供虐待、過食症、拒食症など、依存症に悩む
 人たちのための自助グループを主宰している方です。
 
 著書も何冊かあります。



 子供の虐待はなぜ起きてしまうのでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)児童虐待にはどのような種類があるのか?



 児童虐待はどの様に分類されるのでしょうか?



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)児童虐待にはどのような種類があるのか?

 ※「もっと知りたい方のために」を参照ください。



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 現実と認識しよう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●児童虐待にはどのような種類があるのでしょうか?

▽前回のメルマガで、この本の冒頭で紹介されている児童虐待の
 ケースを3つ紹介しました。
 
 読んでいるだけで、まゆをひそめてしまうようなケースでした。
 
▽今回は、児童虐待には具体的にどのような種類があるのか紹介
 します。
 
 児童虐待には大きく分けて、「虐待」と「ネグレクト(棄児・放置、
 養育の怠慢)」の二つに分けられます。
 
 そして、「虐待」を「身体的虐待」、「性的虐待」、「情緒的虐待」
 の三つに分けます。
 
 それぞれについて、簡単に紹介します。

▽最初に「身体的虐待」です。

 身体的虐待は以下のように定義されています。
 
 「外傷の残る暴行あるいは生命の危険のある暴行。外傷としては、
 打撲傷、あざ(内出血)、骨折、頭部外傷、刺傷、やけどなど。
 生命に危険のある暴行とは、首を絞める、布団蒸しにする、溺れ
 させる、逆さ吊りにする、毒物を飲ませる、食事を与えない、冬、
 戸外にしめだす、一室に拘禁する、など」
 
 これは、「拷問」の話ではないです。
 
 例え戦争でも、表面上の決まりとして、捕虜は身の安全を保障
 されています。
 
 決して拷問はしてはならないと国際法(だったかな?)で定義
 されています。
 
 それなのに、自分の子供に対してこのようなむごいことができる
 人間とは、どのような存在なのでしょう。
 
▽どの様な子が虐待されるかと言うと、未熟児が多いそうです。

 「未熟児はそうでない子に比べて虐待される危険性が三倍高いと
 言われている」
 
 そして、どのような人が虐待をしているかというと、
 
 「虐待者の90%は血縁関係にある人、父親、母親、またはそれに
 代わる人である、5%は母親のボーイフレンド、4%がベビー
 シッターや、近所の人などの血縁関係のない人、1%が兄弟で
 あるという」
 
 ほとんどは、自分の血を分けた子どもを虐待していることになり
 ます。
 
 また、著者は次のように言います。
 
 「一般にどのような親が子供を虐待するかを明確にすることは
 できない。どんな人でも身体的虐待に走る可能性はある、しかし、
 貧しい生活を送っている人、周囲から孤立して相談相手がいない
 人が子供を虐待することが多いということはできる」
 
 やはり、「貧しい」ということは、人間にとって精神的にも荒んで
 しまうことになってしまうのでしょうか。
 
 「人間にとっての幸せはお金ではない」と信じていますが、無さ
 過ぎるのも、幸せではないということが言えそうです。
 
▽児童虐待のきっかけにはどのようなことがあるのでしょうか?

 著者は言います。
 
 「家族全体の危機状況が児童虐待のきっかけになることは、むしろ
 普通と言っていい。大家さんから『家を出てくれ』と言われた
 場合や、失業して、職探しのために移動する等である。また、
 貧しい夫婦が妊娠して、子供を産まなければならないような場合、
 上の子がいじめの対象になることがある」
 
 「夫婦の間に別れ話が起こっている場合、子供が扱いにくい行動
 をとることが良くあるが、それが親の暴力を招くこともある。
 以上のように家族内危機と児童虐待の発生とは、ほぼ一致して
 いるものである」
 
 上でも書きましたが、大人にとって「貧しい」ということは、
 どこかに歪みが生じてしまうことのようです。
 
 その歪みは結果的に、一番弱い子供に向けられてしまいます。
 
 また、家族内の大人は、核家族化した現代の日本では基本的に
 父と母しかいません。
 
 その夫婦間に問題がある場合に、ぶつかり合ったお互いのマイナス
 エネルギーは、立場的に一番弱い子供に向けられてしまうのです。
 
 子供は親がしっかり守るべき存在であるのに、唯一の守るべき親が
 子供に暴力を振るうと、子供には逃げ場がありません。
 
 子供は理不尽な親の暴力を、自分で受け入れるしかないのです。

▽次に「性的虐待」です。

 性的虐待は次のように定義されています。
 
 「養育者による近親相姦、または、養育者による性的暴行等」
 
 ほとんどの場合は、父親からの被害を受けていて、兄からのものを
 含めると21%にもなるそうです。
 
 著者は言います。
 
 「父親と娘の間の近親姦では、暴力が介在することは滅多にない。
 父親は厳格で権威主義的だが、情緒的には未熟で、対人関係が
 不得手というタイプの人が多く、大人同士の婚外交渉を繰り返す
 ような人は少ない。酒飲みが多いが、飲まない人である場合もある」
 
 「母親は慢性的に抑うつ的であったり、病気であったり、仕事が
 忙しかったりして夫の面倒を見られないでいるという場合が多い」
 
 父親というのは、その家族の一番の守り手のはずです。
 
 それが、自分の妻に「面倒を見てもらえない」という理由で、
 その矛先を自分の娘に向けるとは、どういうことなのでしょうか。
 
 夫婦に問題がある場合、一番の被害者は夫婦ではなく、その子供の
 ようです。
 
▽性的虐待を受けている女の子にとっては家庭内は安心できる場所
 ではないようです。
 
 著者は言います。
 
 「性的に虐待されている女の子は、はじめのうち何が起こって
 いるか分かっていないことが多い。父親は時間をかけて娘をならし、
 母親には言わないというルールを娘に課している。たとえ母親に
 そのことを訴えても取り上げてもらえないどころか、『狂っている』、
 『父親を陥れようとしている』などの言葉で、叱責の対象になる
 ことが多い」
 
 「時には母親から『私の男を盗んだね』と罵られる場合さえある。
 これが娘に鋭い情緒的な傷跡を残すことは言うまでもない」
 
 ためいきが出てしまいますね。
 
 唯一の逃げ道と思われる母親は、あてにならない場合が多いよう
 です。
 
 その結果どうなってしまうのでしょうか?
 
 「問題が放置された場合、娘は早い内に家を飛び出し、生きる
 ために売春に走るなどの生活に入りやすい。アルコールや薬物
 への依存に陥ったり、うつ病になったりする場合も多い」
 
 逃げなくても地獄、逃げても地獄が待っています。
 
▽次に「情緒的虐待」です。

 情緒的虐待は次のように定義されています。
 
 「他のタイプの虐待やネグレクトを伴わないことが条件になる。
 養育者の振る舞いや言葉によって、児童に不安、脅え、うつ状態、
 無表情、攻撃性、嗜癖(悪習慣)などの結果が生じているものを
 いう」
 
 実は、この情緒的虐待が一番多いのではないかと思います。
 
 身体的暴力を伴わないため、周りの人間も、もしかしたら虐待
 している本人も「虐待」とは気がついていないのではないかと
 思われます。
 
 著者は言います。
 
 「生後の子供の肺が空気中の酸素の存在を前提として発達して
 くるように、子供の心身は子供に対する周囲からの愛情と配慮を
 前提として発達する。自分は周囲から愛され必要とされている
 という原初的な思い込みがあればこそ、絶対的無力の状態にある
 子供は生き残れるのである」
 
 「全ての子供に備わった、この原初的な自己肯定感を傷つける
 大人の態度は、そこに暴力があろうとなかろうと、子供に対する
 虐待である」
 
▽実際にどのような言葉が親から子へ言われているのでしょうか。

 箇条書きにしてみます。
 
 「お前は醜い」
 「役立たずだ」
 「馬鹿な子だ」
 「お前がいさえしなければ、離婚できるのに」
 「お前の幸せのために私は我慢しているんだ」
 「お前がいさえしなければ・・・、せめて他の子だったら」
 
 この中で一番多いのは、「親の不幸は私のせいだ」と思わせる
 言葉なのです。
 
 子供は生きるために親に依存しています。
 
 その全権を握っている親に、「おまえのせいだ...」と言われ
 ると、子供は本気でそう思ってしまうのです。
 
 物理的な暴力もつらいですが、この言葉の暴力というのも同じくらい
 つらそうです。
 
 このような情緒的虐待を受けて育った子供は、自分が親になると
 同じ事を自分の子供に繰り返す傾向にあります。
 
 著者は言います。
 
 「表現を封じられた感情はやがて鈍麻し、生きる喜びも一緒に
 消えてしまう。こんな子ども達は、『かんじない、信じない、
 しゃべらない』という生活技術を身につけた、一見穏和で従順な
 大人になるのだが、こうした人は自分も他人も信じられないという
 緊張と寂しさにいつもつきまとわれている」
 
 このような子供が大人になると、アルコール依存や薬物依存等、
 愛情飢餓感から何らかの依存症になる場合が多くなります。
 
▽最後の「ネグレクト(養育の怠慢、拒否)」です。

 ネグレクトは次のように定義されています。
 
 「ネグレクトとは”遺棄、衣食住や清潔さについての健康状態を
 損なう放置”をいう。遺棄とはいわゆる捨て子(棄児)、健康
 状態を損なう放置とは、栄養不良、極端な不潔、怠慢ないし拒否
 による病気の発生、学校へ行かせないなどをいう」
 
 いわゆる育児放棄というやつです。
 
 著者は言います。
 
 「乳児期の棄児や放置はただちの生命危機に結びつく。排泄訓練
 がなされないために、三歳を超えておむつから離れることができず、
 その中に屎尿(しにょう)が溜まっているという状態で発見される
 ことも多い」
 
 「不在がちの母親は子供を柱などにつないだままにしておくことが
 多いので、子供には結わえた紐の摩擦による新旧の傷が見られる
 場合もある。こうした状態で放置された場合、子供は年齢に応じた
 運動能力を身につけることができず、3歳を越えているのに歩行
 できないといった状態にあることも多い」
 
 自分の子供をペットか何かと勘違いしているのか分かりませんが、
 育児ができないのなら子供は作るべきではないと思います。
 
 人間の子供は他の動物と違って、生まれても自分では何もできま
 せん。
 
 それは、子供を産む前から分かり切ったことだと思います。
 
 ただ、子供が生まれるということも人によって様々な事情がある
 と思います。
 
 それでも、生んだ責任があります。
 
 その子にとっては、親の事情は関係ないのです。
 
 親が放棄しても、子供は放棄されるわけにはいかないのです。
 
 子供を作るなら、もう少し自覚してから作るべきだと思います。
 
▽以上、4つに分類した虐待を、かなり長くなってしまいましたが
 紹介しました。
 
 私は運良く虐待されずに育てられました。
 
 ごく普通の親に育てられたようです。
 
 他人の不幸で幸せを感じてしまうのもいかがなものかと思いますが、
 「ごく普通の親に育てられた」というだけでも幸せだと思えるよう
 になってきました。





 今回は虐待の種類について紹介してきました。
 
 本当はもっと他のことも紹介しようと思っていたのですが、書いて
 いるうちに止まらなくなってきました。
 
 この児童虐待というのは、なぜ起きてしまうのでしょう?
 
 子育てというのは親の魂の修行だと思っています。
 
 これは間違いないです。
 
 しかし、生まれてくる子供にとっても修行だと言われれば確かに
 そうなのですが、何も無力な子供のうちから修行することもないと
 思います。
 
 子供の頃に厳しい修行をして、さらに大人になってからも、その
 厳しい修行の影響で、修行をしなければならないのです。
 
 「それを望んで生まれてきた」と言われれば確かにそうですが、
 何だかやりきれない思いです。
 
 
 次回、もう一度紹介させてください。